わが輩は…
わが
周りの連中がそういうのだから、ネコというモノなのだろう。
こんなことを口に上らせれば、わが輩をかかずらう者共は「手前のことなのにずい分適当だな」と、思うことであろう。
だが、これにはちゃんと理由がある。
自分はいつどこで生まれたのか?
そもそもわが輩は何者なのか、とんと見当がつかぬのだ。
何やら暗い場所でフワフワ浮いていたことだけは覚えている。
そのころのわが輩は、手足はおろか、物事を考える頭もなかった。
ゆえに、その頃の記憶はひどく不確かで夢のようだ。
わが輩は、湿っぽくカビ臭い空気の中を気ままに泳いでいた。
昼と夜の区別なく、そうしていたのを覚えている。
なにせその時のわが輩は、綿毛のような体であったのだ。
ハラワタの詰まってない体では、空腹を覚えることもない。
頭がないゆえに、ヒマを感じることもなかった。
そんなある時、わが輩は横たわった木の板の上に赤色のかたまりを見つけた。
あとで知ったが、それはラジカセというものであった。
わが輩は、ふわりとその上に落ちた。
ラジカセのデコボコとした天辺を転がると、カチャカチャと鳴って愉快だった。
ラジカセは〝機械〟というものであった。
うすく硬い殻の中に、無数の細かい鉄の
わが輩には、それが妙に面白く思えた。
どうもわが輩には、こうした〝機械〟をバラバラにする力が備わっているらしい。
綿毛でふれると、ラジカセの殻を留めている鉄釘が外れ、中身をこぼした。
そうしてわが輩は、機械に詰まっている中身を知った。
機械のハラワタは目的を持ち、繰り返して動くことで役目を果たす。
意地悪くいえば、それにしか使えないということだ。
(これではどうにもつまらぬな。)
他の機械があれば、別の役目をもたせられるかも知れぬ。
しかしどうしたことか。わが輩の住処には、このラジカセ以外の機械が現れない。
座って思案しておると、ふわりと体が浮かんだ。
吾輩はここで初めて人間というものを見た。
それも冒険者という、人間の中でも全く
しかしその当時は、考える頭もなかったから別に恐ろしいとも思わなかった。
丸っこい卵のような肌をした赤毛と黒毛、2つの顔がわが輩を見る。
すると黒毛のほうがわが輩に何かを差し出した。
透き通った赤色をした、なんとも名状しがたい物体だ。
それがいったい何だったのか、今なお
ただ何か、ひどく甘ったるい味だったのは覚えておる。
その名状しがたきものは、後に何度も口にすることになった。
だが、あの感に入るほどの甘さを覚えたのは、最初のときだけであった。
その名状しがたき物を口にすると、わが輩の体に手足と尻尾が生えるに至った。
わが輩は自分の足で立てるようになったが、使うことはなかった。
フワフワと浮く、昔なじみのやり方を曲げる気になれなかったのだ。
横になっておると、冒険者はわが輩に白い
継ぎ目も釘もなく、ラジカセに比べるとひどく単純なつくりだ。
しかし、頭を得たわが輩は以前より聡明になっておる。
すぐにこれが〝機械〟らしい事に気づいた。
初めてラジカセ以外の機械を得たわが輩は、無心でそれをほどいた。
わが輩の尻尾はその先の形を変え、機械を三枚にさばいていく。
新しい体は、以前よりもずっと良い心地であった。
(ほぉ、これはおもしろい)
冒険者のよこした白い桶は、実に面白い機械だった。
生き物を探し出し、頭に語りかける力を持っているようだ。
しかし、多くの生き物に語りかける力はない。
一方のラジカセは、多くの生き物に語りかける単純な喉を持っている。
わが輩は、このふたつを掛け合わせてみようと考えた。
機械のはらわたを手に取り、思案していると、わが輩は一枚の布で包まれた。
桶を与えたのは、どうやら冒険者のヒレツな罠であったらしい。
囚われの身になったわが輩は、機械のハラワタの中で左右にゆすられる。
こうなっては仕方あるまい。
わが輩は風呂敷の中でひと眠りすることにした。
(あとは尻尾の好きにまかせるとしよう)
だが、しばらくもしないうちに、風呂敷はほどかれた。
まどろみの中でわが輩は腹をまさぐられる。
手足をばたつかせて抵抗するが、いやらしい手つきで赤毛はわが輩をもてあそぶ。
他方、黒毛のほうはわが輩の尻尾がした仕事をみて何やら目を丸くしておった。
ははぁ、わが輩の頭が休んでも、尻尾はちゃんと仕事をしたようだ。
桶はラジカセと合一し、見事に仕上がっていた。
冒険者は桶を頭にかぶると、大声をあげる。
喜びに感極まったのであろうが、全く下品な振る舞いだ。
眠気が消し飛び、背中の毛が逆だってしまった。
桶を脱いだ冒険者は、わが輩を見て何やら思案している様子をみせた。
どうやら料金について思い悩んでるものとわが輩は見た。
(それはお主の好きにするがよい)
もとはといえば、白い桶はもともと冒険者のものである。
寛大なわが輩は、黒毛に見返りを求めることはしなかった。
すると黒毛は、わが輩を風呂敷で持ち上げて石の塔へと運んだ。
報酬にすみかをくれるというのか。
良き場所ならば住むのもやぶさかではない。そう思ったのだが……。
(ううむ、なんとむさくるしい。)
桶をくれてやったことへの報酬だと思ったら、それは違ったらしい。
石の塔の中はひどくがらんとしていた。
すみかとしては、以前のものに比べてだいぶ格が落ちる。
なによりも、床が石張りでやたらに足元が冷えるのが耐え難かった。
寝台はないのかと探したが、家具らしいものは見当たらない。
(えぇい、これが恩人に対する仕打ちか。)
黒毛の冒険者は、わが輩の憤りに気づきもせず、機械を差し出した。
そのうえ、「これを使ってベッドを作れないか?」などと言うではないか。
寝床を自分で用意しろとは。黒毛とは出会って間もないが、冒険者は無礼でワガママなものだと断言せざるを得なくなった。
わが輩の腹をひたすらになでる赤毛もそうだが、人間というのは適切な距離感というものを分かっておらん。わが輩に頼み事をするなら、もっと親しくなってからではないだろうか。まったくもって言語道断である。
さて、冒険者はわが輩の前にいくつかの機械を並べた。
どうやらこれを使えということだろう。
並べられたのは、銀色をした取っ手のついたニンジンに、鉄の箱、そして白い帯と例の白い桶だ。それほど多くの種類はない。
さて……銀色のヤツは使えそうにない。あまりにも小さく複雑すぎる。
だが、その横に並んでいる金属の箱は使えそうだ。
中に入っている3つの棒が、寝台の足にちょうどいい。
そして、寝そべる場所には白い帯が使えそうに思えた。
わが輩はまず金属の箱をほどいた。
必要なのは、箱の中に入っている鉄の足と動力源である。
尻尾を使って金属の足を並べる。土台はこれで出来上がりだ。
つぎに帯の中身を取り出して、それぞれが対になるように足につけていく。
白い帯には光の膜を展開する力がある。
しかし、普通に使うと、光の膜は人間の体を通り過ぎてしまう。
それは光の膜に負の力がかかっているからだ。金属の箱に入っている動力源を使い、光に実体を与えてやれば、その上に寝そべることが可能になる。
わが輩の尻尾が作業にとりかかると、ほどなく寝台が完成した。
<ブンッ!!>
空気を震わせるうなり声を上げ、三角形に並んだ鉄の足の間に光の膜が張られた。
このベッドの優れどころは、ベッドのサイズに制限がないことだ。
光の膜は、三脚を広げることで大きくできる。何十人いても横になれるのだ。
(どれどれ……?)
わが輩は、ぼんやりと光る不可視のベッドの上に飛び乗った。
光の膜はわが輩の体を支えると、綿毛の雲海のように優しくつつみこんだ。
おお、よきフワフワである。
わが輩たるもの、やはりこうでなくてはならぬ。
◆◇◆
※作者コメント※
(ΦωΦ)<ふふふ……冒険者共よ、わが輩の寛大さに感謝するがよい
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