夜猟者(2)


「私の助けはここまでよ。あとは貴方たちに任せるわ」


「はい!」


 ミアは吸血鬼の〝血の掟〟とやらのせいで、戦いに手を出せない。

 だが、向こうの吸血鬼はそういうつもりでは無さそうだ。

 手指の先から細身の短剣のような爪を伸ばすと、真っ直ぐミアに向かってきた。


「マリア!」

「…………!(こくり!)」


<ギャリンッ!!!>


 マリアがミアの前に立って見知らぬ吸血鬼の一撃を防ぐ。

 銀剣が爪に触れると、とても生物が立てるものとは思えない金属音がした。


「おい、ミア!! あっちは普通に殺しにきてんじゃねぇか!!

 掟はどうなってんだ、掟は!」


「掟はあくまでも努力目標なの。はぐれ者にそんな気概を期待しちゃダメよ」


「クソッ、これだよ……」


<UḠÅhhhhhhhhh!!!>


 なおも吸血鬼は激しく攻め寄せる。

 がむしゃらに爪を振り回すその姿は、子どもが駄々をこねているようにも見える。

 だが、その全てが必殺の一撃なのは間違いない。


 振り回した指先が木箱をかすると、頑丈そうな分厚い木板があっけなく破断する。

 生身の人間が喰らえばひとたまりもないだろう。

 甲冑を着込んでいても、身を守れるようには思えない。


<ギンッ、ジャキ、ガキンッ!!!>


 相手の動きはブラッドサッカーよりも鋭く、力強い。

 あきらかに格上の存在だ。

 しかし、マリアはそれ以上に強くなっている。


 力で屈服させようとする吸血鬼に対し、彼女は技で応じる。

 暴威をもって地面を叩きつければ飛んで避け、なぎ払おうとすれば剣でいなす。

 彼女には吸血鬼の動きがすべて見えているのだ。


「すげぇ……けど、まるで間に入れる気がしねぇな」


「ワルターさんは隙をみてショットガンで撃ってください」


「いや、それだと嬢ちゃんも巻き添えにしちまうぞ?」


「僕たちなら大丈夫です。弾丸は効きませんので」


「はぁ?」


<ウルサイ・ヤツメ!!>


 吸血鬼は苛立ちを隠さない。

 猛り吠えると攻撃はさらに速さを増したが、動きが単調になる。

 その隙をマリアが見逃すはずもない。


『そこっ!!』


 彼女は吸血鬼の爪をいなすとカウンターの流し切りを吸血鬼の胸元に刻んだ。

 しかし、吸血鬼は構わず突進してくる。

 わざと攻撃を受け、肉を斬らせて骨を断つ気か?!


 ふと、思い出した。

 何かの漫画で「吸血鬼がなぜ恐ろしいか」について書いていたっけ。


 吸血鬼が恐ろしいのは、霧に姿を変えるからでも、仲間を増やすからでもない。

 ましてや血を吸うからでもない。

 人間をはるかに超える力という単純な暴力を持ち、さらに知性がある。

 それが吸血鬼のおそろしさなのだ、と。


 ヤツは極めて獰猛で動物的に見えるが、知性がある。

 うかつだった。


「ワルターさん、撃って!」


「クソッ、知らねぇぞ!」


 ワルターは一瞬ためらったが、引き金を引く。

 ショットガンが火を吹き、銀のコインを吸血鬼に向かって撒き散らした。

 その射線上には、ばっちりマリアがいる。


 銀の欠片かけらが倉庫の中をピュンピュンと楽しげな音を立てて飛び回り、対峙する2つの影に襲いかかる。


<グウゥ!?>


 青ざめた銀のコインにつらぬかれ、苦悶の声を上げる吸血鬼。

 だが、一方のマリアはまったくの無傷だ。

 彼女の眼前で、ひん曲がったコインが空中に浮かんでいた。


 そう、俺たちには頼もしいシールドベルトがある。ショットガンだろうとマシンガンだろうと、フレンドリーファイアはいっさい気にしなくていい。


 俺たちだからこそできるムチャな芸当だな。


「マジかよ、本当に防いじまったよ……」


「説明が足らなくてすみません。僕たちがつけてるベルトは銃弾や爆弾、炎なんかの飛んでくるものを全部防げるんです」


「何だと? 今のアレってスキルじゃないのか?」


「はい。装備すれば誰でも使えるモノです」


「そういうことは早くいいやがれ! こっちはずっと遠慮してたんだぞ」


「す、すみません。でもけっこう撃ってましたよね?」


「あんなお行儀がいいのは、撃ってるうちに入らねぇよ」


「え?」


 そういってワルターはショットガンに新しいシェルを込める。

 だがしかし、弾込めはそれで終わらない。

 彼は財布を取り出すと、さらにコインを銃口にジャラジャラと流し込みはめた。


「え、え、えぇ~?」


「俺が銀のコインを弾に使う理由はな、手に入りやすいってのもあるが……本当のところは『量』が稼げるからなんだよ」


「量……?」


 ワルターはショットガンを腰だめに構える。

 そして銃口を斜め上に向けた。その先は……倉庫の天井だ。

 

「ワルターさん、それじゃまったくそっぽの方向ですよ?」


「いや、これでいいのさ。今から〝伝統との融合〟ってやつを見せてやる」


 何を――俺が聞こうとしたそのときだった。

 ワルターはその場で膝をつき、ショットガンの銃床を倉庫の床につけて叫んだ。


迷々岌岌めいめいきゅうきゅう! 我が雷鳴より逃げ惑え、ヴァーミリオン・サンズ!!」


 すると、魔法陣のような輝くリングが空中に浮かび上がる。

 そして彼は、そのリングの中に向かってショットガンを放った。


<ドゴーン!!!>


 打ち出された大量の銀貨は、自身を押し出した銃炎の輝きを受けてキラキラと光る。コインが回転する度に光に強弱がつくさまは、まるで光のシャワーだった。


 ブワッと広がったコインがリングの中にそのまま飛び込んでいく。


 すると、魔法陣は急にリングの形から四角い網目になり、そこを通り過ぎたコインが火花をあげて切り刻まれ、無数の細かい破片になっていった。


 すっかり灼けて赤く輝く銀朱ぎんしゅの砂となった銀は、五月雨となって吸血鬼、そしてマリアに向かって降り注いだ!!


「ちょ――?!」


<ズダダダ・ザザザァァァァ!!!!>


<GYAAAAAAAAA!!!!>


 倉庫に全身を穿たれ、焼かれた吸血鬼の絶叫が響き渡る。

 ワルターの放ったものは、灼けた銀の砂の雨だ。

 いくら吸血鬼でもあれを避けるのは無理があるというものだ。


 霧に姿を変えても空間そのものが凶器になっている。

 広範囲にわたって無差別な破壊。

 このスキルが、ワルターの本領なのだろう。


 いやでも、ちょっと引くわ。

 このスキル、だいぶ非人道兵器に足つっこんでない???


<G・Grrrrrrrr!!!>


 吸血鬼は全身から煙をあげて床に這いつくばっていた。

 マリアはシールドベルトのお陰で無事だが、目を丸くして硬直していた。

 うん、俺もその気持はわかるよ。


「ったく、金がかかって仕方ねぇんだ。とっとと死んでくれや!!」


 ワルターはショットガンを水平に構えると、銀の嵐をもう一度見舞う。

 吸血鬼はたまらず絶叫し、燃え上がって灰になった。


 すっかり忘れてたが、この世界の人たちもしっかりチートを持っている。

 ランスロットさんしかり、ルネやマリア、ミアさんも。


 チートは転移者だけのものじゃない。

 むしろ、お互いに影響しあってとんでもないことになっている。


 たとえば、いま目にしたワルターさんのスキルがそうだ。

 彼が使ったスキルの本来の用途は、弓矢を分散させるスキルに違いない。

 銃がなかったら、あそこまでブッ飛んだ威力にならなかったはず。


 インチキ効果にトンチキ発想を重ねた結果がこれかぁ……。

 俺はふるき良きチート存在であるはずの吸血鬼にちょっと同情してしまった。



◆◇◆



※作者コメント※

ちゃんと強いおっさんキャラは大好物である!

この世界の人たち、なんだかんだいってちゃんと強いんだよなぁ…


現代兵器さん、よく完封されてるけど決して弱くない。

スキルを組み合わせればより強くなるのに、そうしなかったのは何故なのか。

慢心、環境の違い、はて…?


遅ればせながら、ブクマ1500、18万PV感謝です!

望外の評価に恐れいるばかり…!


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