夜猟者(1)

「そんな、追うっていっても……」


 さらなる怪物に変化したミュリングは、闇に紛れて姿を消してしまった。

 レコンヘルメットで探知しても、街の中は似たような白い影でいっぱいだ。

 今から追跡をはじめても、とても追いつけそうにない。


「あら、私は吸血鬼よ。自分の血の香りがわからないとでも?」


「そうか、ミアさんが怪物に与えたナイフ!」


 彼女がふっと微笑んだ。


 ミュリングが手にしたナイフ。

 あれは儀式の最中、彼女が自分の血をつけたものだ。

 怪物の後を追いかけるために渡したのか。


「血の匂いを辿れば追い着けるわ。そうでなくてもひどい死臭だったけど」


「わかりました。先をお願いします」


「えぇ。」


 俺たちは孤児院の門をくぐり、夜の街に出る。

 夜雨よさめの中なら足音も消えるし、痕跡も雨水で洗い流される。

 追跡には相当な困難があると思うが、ミアは迷わず道を進んでいく。


「ミアさん、この雨のなかで血の臭いがわかるんですか?」


「血というよりはエーテルの痕跡ね。エーテルは血と違って簡単に洗い流せない」


「エーテルの痕跡?」


「貴方たちにしてみれば、血はただの赤い液体かもしれない。けど私たちにとっては違うのよ。人に流れる血はそれぞれの『色』がある」


「それぞれの色……健康かどうかとか?」


「フフ、それもそうだけど、もっと含蓄のある言葉でいうと――人生ね」


「吸血鬼って、血の一滴でそこまでわかるんですか?」


「ものの例えよ。その人が10年前の朝に何を食べたかなんて、私にもわからない。けど、種族、部族、何を大事にして、何を憎んでいたのか。挫折のある人生だったのか、それとも幸せに満ちた人生だったのか。そうした事はわかる」


 えぇ……ドン引きするくらいわかるじゃん?!

 カウンセラーもびっくりだよ!!


「っていうか、それって苦しくないですか? ステーキ食べるたびに牛の牧場生活を味わってたら世の中菜食主義者だらけになりますよ」


「そうね。だから物語の吸血鬼は、無垢なる者を獲物に選ぶのかもしれないわね」


 そういう彼女の声は何かの秘密を隠し、とぼけるようだった。

 ミアはまだ何かを隠している気がする。


 だが、その秘密は今の俺たちには関係ないのだろう。

 もし関係があるのなら、きっと彼女は話してくれると思う。

 彼女は吸血鬼だが、嘘つきや詐欺師ではない。


 ともかく、俺たちは彼女の背中を追って夜の街を走る。

 ほどなくして、彼女は倉庫街のとある倉庫の前で足を止めた。


「ここは……工場の倉庫ですかね?」


「みたいだな。」


 周囲にはチカチカと瞬く街灯がぽつぽつとあるくらいで、まったく人気が無い。

 吸血鬼が潜むなら、たしかにうってつけに思える。


「あちらも気を使ったようね」


「え?」


 俺はミアの言い回しに妙なものを感じた。

 まるで、相手がこっちのことをわかってるみたいな……あ!!


「ちょっと待ってください。吸血鬼は血の色がわかるんですよね?」


「あらあら、それがどうかしたかしら?」


「相手は吸血鬼……ミュリングが持ってきたナイフについている血の正体がわかる。つまり、ヤツは貴方が自分のもとに来ることを知っている!」


「ようするに、宣戦布告をしかけたってことだな?」


「そうともいうわね」


「わざわざ人気のない所を選んだってことは、相手もやる気満々ってことか……」

「…………!(ごくり)」



 ワルターが倉庫の扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。


 倉庫の扉は、ドアというよりは木の壁だ。


 ちょっとした家くらいありそうな、背の高いスライドドアを横に引く。

 すると、扉の下の滑車がゴロゴロと低い音をさせて滑った。


 扉をどけると、中の様子がうかがい知れた。

 倉庫の中は薄暗く、布をかぶった木箱やパレットが山積みにされている。

 布の上にはうっすらと白いホコリが積もっていた。

 どうやらこの倉庫、ここ最近はあまり使われていないようだ。


「――よし、入るぞ」

「はい」


 ミアが先頭に立ち、剣を抜いた俺とマリアがあとに続く。

 後詰はルネとワルターがついた。


 街灯の灯りも倉庫の中には届かない。

 扉から差すぼんやりとした光の先はまったくの闇に包まれている。


『こりゃダメだ。マリア、暗視装置を使おう』

『うん!』


 俺はレコンヘルメットの暗視装置を入れる。すると、墨を流したように真っ黒だった倉庫の中が淡い色彩で浮き上がった。


 レコンヘルメットには、未来の暗視装置がそなわっている。


 俺の知ってる暗視装置は、映画やゲームなんかに出てくる緑一色のやつか、白黒の赤外線映像みたいなやつだ。


 だが、未来のナイトビジョンはフルカラーになっていた。


 まったくの暗闇で色までわかるとは、なかなかのチート性能だ。

 とはいえ、昼間と全く変わらないかといえば、残念ながらそうではない。


 パステル調の若干淡い色彩で、原色に近い色はより強調されている。

 弱い色はより弱く、強い色はより強く、といったところだろうか。


 俺は倉庫の中を見渡す。

 隠れていても、このヘルメットなら探し出せるはずだ。


 ヘルメットのUIが何かを探知した。

 遠くにある何かのシルエットが縁取られ、視界の中で浮き上がる。


 ――いた!

 倉庫の奥、天井のはりの上に何かいる!


「――ワルターさん上です!」


「クソッ、どこだ?! まるで見えないぞ!!」


「だからヘルメットを貸すって言ったじゃないですか……」


「チッ、いまさら言うな。だがやりようはある」


「?」


 ワルターは棒のようなものを取り出すと、ショットガンに叩きつけた。

 小気味よいパキンと音がすると、棒が激しく発光して当たりを照らし出す。


 たしか、ケミカルライトってやつだ。

 転移者がもちこんだものが、こちらでも作られているのか。


「こいつでヤツの位置を知らせろ」


「わかりました」


 俺はワルターから受け取ったライトをマリアと手分けして投げつけた。


 悲しかな、俺が投げつけたものは力不足で届かなかったが、彼女のライトはガッチリと梁に引っかかって、そこにいた者の姿を明らかにした。


 労働者風の無骨で泥臭いオーバーオールと、ゴワゴワとしたシャツを着た男。

 だが、その顔はどうみても人間とはかけ離れていた。

 短く潰れた鼻は目と同じ高さにあり、コウモリを思わせる。

 口蓋は上下に裂けて唇がなく、唾液で濡れた牙が艶めかしく光っていた。


「でたな、怪物め……!」


<ShÅhhhhhhhhhh!!!>


 姿がバレた事を覚った吸血鬼は咆哮し、倉庫の中に恐ろしい叫び声が響く。

 ――よし、狩りの時間だ。



◆◇◆



※作者コメント※

レコンヘルメットはナイトビジョンモードと生命探知モードがある感じです。

生命探知モードは壁抜け索敵できてマッピングもできるから便利だけど、白黒なのがデメリット。一方のナイトビジョンはカラーだけど、生命探知が停止して画像解析による有視界探知になってしまうのがデメリットです。


ちなみにですが、最新のナイトビジョンゴーグルは生命探知までいってませんが、AIを使った深層学習で風景と人間を区別してシルエットを縁取るという機能が実装されているようです。現実さんも、もう半分くらい未来兵器に足つっこんでる…


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