ミュリング

※作者コメント※

後半にキツめのホラー的描写があります。

とくにお食事中の方はお気をつけください。

ーーーーーー



「う…………!」


 思わず俺は膝をついていた。といっても、ケガをしたわけじゃない。

 サテライトキャノンが放った光が強すぎて前後不覚に陥ったのだ。


 大地を貫いた閃光は、俺の視力を一時的に奪うのに十分すぎた。

 もしレコンヘルメットの保護がなかったら、失明していたかもしれない。


「……やったか?」


 ワルターの言葉にビクッとなった。

 漫画なんかだと、「やったか」って言った後は大体やれてない。


 だが、その心配はなさそうだ。四方を見渡してもゴーストの姿はない。

 青緑色に怪しく光っていたキャンプファイアーの炎は、オレンジ色に戻っていた。

 「やったか」って言って、本当にやってることってあるんだ……。


「どうやら終わったみたいですね」


「いえ、夜はまだまだこれからですわよ」


「え? ――あ、そっか」


 すっかり頭から抜けていたが、儀式の目的はゴーストを呼ぶことじゃない。

 ミュリングを呼び出して、真犯人のもとに案内させることだ。


 ゴーストを呼び出すのも、それを倒してこの場をエーテルで満たすことも、すべてミュリングを呼び出すための前提条件でしかなかった。


 あれだけ大騒ぎして、まだ始まってすらいない。

 まったく。ミアじゃないが、本当に長い夜になりそうだ……。


「さて、本来の目的を果たすとしましょう」


 四方を囲む炎の中心には、サラの墓がある。

 彼女は墓の前に立つと、後ろ姿のまま俺にある問いを投げかけた。


「ところで、名前はどうしようかしら」


「名前?」


「あら、いったでしょ? 名前は封印になるって」


「封印って、ミュリングに名前をつけてどこに封印するんですか?」


「ここは孤児院よ。迷える子が安らぐにはうってつけの場所でなくって?」


「……なるほど。」


「復讐を求めてさ迷う魂という点では、ミュリングはレブナントと似通っているわ。だけど……違うところもあるの。何かわかるかしら?」


「えっと……」


 レブナントとミュリングの違い? そうか――


「彼らはこの世界で自分を区別する名前がない。生きたことがないから……」


「その通りよ。ミュリングはレブナントと違って生前の名を持たない。ゆえに彼らは復讐を果たした後も、彼岸こちら此岸あちらの間を世界が終わる時までさまよい続ける」


「それは……つらいですね」


「…………(こくこく)」


「えぇ。そんなの悲しすぎるじゃない?」


「ひとついいか。俺は呪術には詳しくないが危険じゃないのか? どんなに哀れな境遇にあったとしても、モンスターにはちがいないんだろ」


「そうね。危険はあるわ。」


「なら――」


「どうするというのかしら? 私がやるのだから文句は言わせないわよ」


 ワルターは言葉をつまらせて喉の奥でうなった。

 有無を言わせない獰猛な雰囲気に、俺まで気圧されそうだ。

 

「サラはいい子だった。私を見る目が恐怖ににごっていくのをどんな気持ちでみていたと思う? 絶対に償わせるわ。私たちのやり方スタイルでね」


「……すまん。邪魔をして悪かった。儀式を続けてくれ」


「えぇ。そうさせてもらうわ」


 そういってミアは、墓の前で両腕を左右に広げた。

 何かを抱きしめるような、そんな仕草だ。


「いい忘れてたけど、儀式にはいくつか注意があるわ」


「なんです?」


「決して声をあげないこと。そして目をそらさず、背を向けたりしないこと」


「……わかりました」

「…………(こくこく!)」


 注意事項がガチのホラーものなんだけど……。


 背筋に悪寒を感じていると、マリアが近寄ってきて俺の手を握った。

 どうやら彼女も同じ気持ちらしい。


『マリア、こっちに』

『うん』


 俺は肩を寄せ合い、儀式を見守る。

 ミアは声に調子をつけ、呪文とも歌ともつかない何かをうたう。


「天の星と大地にかけて。汝が生まれるはずだった世界に汝を迎えよう」


<ザ、ザリッ……>


 ミアの足元から土をかき分けるような音がする。

 えっと思って墓に視線を向けると、盛られた土が動いている。

 墓の中にいる何かが、外に出ようとしているんだ……!


「決して明けることなき、決して暮れることなき狭間はざまにてまどろむ泡沫うたかたよ。

 汝をたいに閉ざした罪人に、そのとがを問わんと望むか」


 墓を覆っていた土が、ボコッと崩れた。

 そして〝それ〟が俺たちの世界に姿を現した。


『――うッ!』

『ジロー様……!』


 俺とマリアはそろって息を呑んだ。

 ミアの足元にうミュリングの姿に恐怖を感じたのだ。


 墓の中から現れたのは、全裸の赤子。

 だが、その全身はうっ血したようなどす黒い紫色に染まっていた。


 禿げ上がった頭には妙に大きなまぶたのない目がはまっている。

 瞳孔が開ききって真っ黒になった瞳には生命感がなく、感情も感じられない。


 そしてヤツの首には、絞首刑にかけられた罪人のように、へその緒がくくられている。へそから伸びたねじれた肉のヒモはソーセージを思わせる。


 アレをみたら、しばらくソーセージは口にできそうにない。


<ア”ァ”ァ”ァ”……>


 ミュリングは、肺を煙でいぶして焼き焦がしたような声を発する。

 その姿は、怪物と表現するのも生やさしく思えた。


『ジロー様、こわい……』


『大丈夫。僕がいるから』


 そうはいったが、俺は頭の奥まで恐怖が染みて体が硬直していた。

 手足の先までしびれ、正気を失いそうだ。

 だが、ミアのいいつけどおり、決して目はそらさない。


 儀式の中心にいるミアは、じっとミュリングを見据える。

 すると彼女は、ゴーストを呼び出す時に使ったナイフを地面に落とした。


「さすれば、この刃をもって、汝が願いを果たさんことを」


<イ”ィ”ィ”ア”ァ”ァ”ァ”……ッ!>


 にび色の短刀を拾い上げると、ミュリングの姿が変わる。

 背骨が山なりに湾曲し、ずんぐりとした足がヒョウのようにしなやかにのびる。

 そして、両手はサルのように指が伸びていった。


<ア”ァ”ァ”ァ”!!!!>


 一喝するかのように吠えると、ミュリングは異常なジャンプ力で孤児院の屋根に飛び乗った。「あっ」と思ったのもつかの間。何の迷いも見せず、怪物は一直線にどこかに向かって駆け出してしまった。


「…………!!!」

「……!!!」


 俺とワルターは身振り手振りで「何が起きた。どうすればいいんだ?」とミアに示した。儀式の最中は、絶対に声を上げるなと言われていたからだ。


 そんな必死な俺たちに向かって、彼女は心底呆れたようなため息をついた。


「――もういいですわよ。しゃべって大丈夫」


「あ、そうなんですね……」


「それで儀式は成功したのか? あれでいいのか?」


「大成功よ。ミュリングはまっすぐ復讐すべき相手のもとに走っている」


「じゃあ……!」


「えぇ、ミュリングを追いますわよ」



◆◇◆



※作者コメント※

こんなのとくらべたら、前話に出てきたゴーストが癒やし枠やで…

普通にちびるわ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る