吸血鬼の後始末
「しっかし、容赦ないなぁ……」
吸血鬼だったモノはぶすぶすと白い煙をあげている。
完全なオーバーキルだ。
「お疲れ様。あとはこの灰を肥料かセメントにでも混ぜれば終わりですわね」
俺たちをねぎらうミアは、しれっと恐ろしいことを言う。
死体の処理方法が昭和のヤクザのそれなんよ。
「哀れだなぁ……」
「まぁ、それなりのことをやってたし。自業自得じゃない?」
「…………(こくこく)」
「それはそうですけど……結局、何者かもわからないままでしたね」
「だな。格好を見た感じだと工場労働者っぽかったが……工場の夜勤なら、夜に出歩いても不審に思われないし、人と接する機会もそう多くないからな」
「正体を隠すなら都合がいい?」
「ってことだ。吸血鬼が夜なべ仕事なんて世知辛いねぇ」
「ミアさん、灰を集めますか?」
「えぇ、お願いしますわ。吸血鬼の遺灰には多くのエーテルが残っている。錬金術や魔術において、そうした素材の使い道は少なくないの」
色々思うところはあるが……まぁ、言ってもしょうがない。
さっさと集めてしまおう。
俺は木箱を覆っていたブルーシートから小さめのものを選ぶ。
そして、床につもっていた灰を近くにあったホウキで掃いてシートに包んだ。
集まった灰は、お茶碗にして2杯分くらいだろうか。
人ひとりが灰になったとは思えない。あまりにもわずかな量だ。
俺たちを襲ってきた吸血鬼とはいえ、なんだか物悲しい気分になってしまった。
「――どうぞ」
「ありがとう。手間をかけさせたわね」
「いえ……」
灰を包んだシートを受け取ったミアの表情はそっけない。
敵に対する憎しみも、打ち倒したという充実感も感じられなかった。
やはりというか、彼女は俺たちと命に対する価値観が違う。
あまりにも死になれすぎている。
シートを手に取った彼女に対し、俺はそう感じた。
それとも、これも彼女の言う責任感と罪悪感の欠如なのだろうか。
俺と彼女は〝依頼〟というシステムの中のひとつでしかない。
だからこそ、眼の前の生命に対してそこまで冷酷になれたのかも。
「チッ、どうやら工場の連中が騒ぎに気づいたみたいだな」
「……倉庫の外が騒がしいですね」
倉庫の外、遠くからサイレンの音が聞こえる。
この音は聞き覚えがある。スラムにやってきたトラックがさせていた音と同じだ。
銃声を聞きつけた誰かが銃士隊に通報したんだろう。
「厄介な連中に見つかる前にずらかるか」
「待って、忘れ物があるわ」
「忘れ物?」
「私たちをここまで導いてたミュリングよ。きっと倉庫のどこかで倒れてる」
「……本当にミュリングを連れ帰るんですか?」
「えぇ。彼に名を与えて孤児院の家霊として封印するわ。急いで、時間がない」
「はい、任せてください。僕とマリアのヘルメットならすぐ見つけられます」
「…………!(こくこく)」
「この真っ暗な中でマジか? ホントに便利だな、それ……」
「でしょ?」
俺は視界に表示されているUIを操作して、モードを切り替える。
ナイトビジョンから生命探知モードに切り替えれば、すぐに見つかるはずだ。
淡い色彩を放っていた倉庫の中が、白と黒のグラデーションに変わる。
ざらついた粒子の影の中に光がないか、目を凝らして探す。
「…………あそこか!」
俺は倉庫の片隅にか弱い光を見つけた。
マリアと一緒にかけよってみると、それは間違いなくミュリングだった。
だが、ひどく傷つけられており、呼吸をしている様子もない。
俺たちが倉庫に入る前に吸血鬼と戦い、やられてしまったのだろう。
すでに彼の光は消え去ろうとしていた。
「ミアさん、ミュリングを見つけましたけど、もう……」
俺とマリアは振りかえり、ミアにミュリングの状態を伝えた。
すると彼女は、とくに慌てる様子もなくこちらに来て、彼の様子を探った。
「……まだ間に合いますわ。すこしだけ時間をくださいます?」
サイレンの音はかなり近づいてきている。
ここで見つかったら厄介なことになりそうだが……。
「わかりました。でも、できるだけ急いでください。僕たちは銃士隊と何度かやりあってるんで、連中に見つかったら何が起きるかわかりません」
「あぁ、スラムの件か」
「いえ、その他にもルネさんの時に街の不良銃士とバトって1個小隊全滅させてるんです……。そう考えると、僕らけっこう危ない橋をわたってるなぁ」
「危ない橋っていうか、もうそれ飛び降りてるだろ」
たしかに。
よくよく考えなくても、俺とマリアって普通にテロリストだったわ。
あかん、バレたら絶対死ぬヤツぅ!
「さて、彼の名前をどうしようかしら」
「たしか名前は封印になるんでしたよね?」
「えぇ。サラが名前を決めてたら良かったんだけど……そうね。私が贈りましょう」
彼女はミュリングの前に
だが、抱き上げられたその体はぐったりとしている。
頭は力なく後ろに倒れ、手足もミアの腕から投げだされていた。
しかし、ミアはそれにも動じない。
抱きかかえたミュリングを持ち上げると、よどみ無く言葉をつむぐ。
「汝、赦したまえ。胎をひらくことなく、誰の手に抱かれなかった者よ。星を抱く空と大地にかけて、汝が生きるはずだった世界に汝を迎えよう。そして、我が子として抱かん。汝の名は――セーラ」
言い終わると、弱ったミュリングの体から光が消える。
死んだ……のか? いや、それよりも――
「何も起きてないようですが……」
「いえ、これでいい。伝説が確かなら、この遺骸を玄関の下に埋めて月をまたげば、ミュリングは霊となって孤児院を守る家神となるはず」
「え? 伝説って……もしかしてこの儀式、以前にやったことは?」
「あるわけないでしょう? 危険かもしれないといったのは、そういうことよ」
「ぶっつけ本番だったんですか?!」
「長く生きている私にだって、初めてやることはいくらでもありますわよ」
まさかのまさかだ。この儀式はミアもやったことが無いらしい。
あれだけ自信満々に言っていたから、すでにやったことがあるのかと思ってた。
思い切りがいいというか、なんというか……。
「さぁ、ここを出ましょう」
◆◇◆
※作者コメント※
さて、そろそろ次のプロットも構想しなくては…
次シナリオもメインクエストにするか、ギャグ多めの日常パートにするか…
ちょっと考えます。
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