コラテラル・ダメージ

「えぇ、すぐにここを出ましょう」


 倉庫にサイレンの音が迫ってきている。

 もはや時間がなさそうだ。

 俺たちは倉庫を出て、孤児院を目指すことにした。


 セキュリティの関係上か、倉庫街は出入りのできる場所が限られている。


 整然と並んだ倉庫は、高いコンクリートの壁に囲まれており、南北2箇所の壁の切れ目から出入りする必要がある。


 もしそこに銃士隊が封鎖線を敷いていたら、強行突破するしかなくなる。


「ずらかるぞ!」


 倉庫を出た俺たちは、街灯の下を避けながら南に向かう。

 孤児院にいくなら南の入り口のほうが近い。


 だが、行動するのがすこし遅かったようだ。

 倉庫街の出入り口、壁の切れ目に何台かのトラックが停まっていた。


 トラックの周囲には、銃士が警戒に立っている。

 彼らはショットガンやサブマシンガンを手にし周囲を警戒している。


 銃士は重そうなボディアーマーと鋼鉄製のバイザーがついたヘルメットを身に着けている。あまり見たことがない格好だ。冒険者ギルドのまわりで酔っ払いを回収していた銃士たちは、ヘルメットと青い軍服だけで、あんなものは身につけてなかった。


「しまった、もう銃士隊が見張りをおいている……!」


「最悪だ……ありゃ近衛だぞ」


 ワルターが忌々しげにつぶやく。

 どうやら連中は銃士の中でも精鋭にあたる部隊のようだ。


「工場は王国の心臓ですもの。倉庫で事件があれば、当然駆けつけてくるでしょう」


「あれ? でも来たときは見張りなんていませんでしたよね?」

「…………(こくこく)」


「そういやそうだな……」


 俺たちが血の臭いを追いかけてここに来た時、壁の切れ目には誰もいなかった。

 そのときはとくに気にもとめなかったが、考えてみると妙だ。

 重装備の銃士たちが急いで駆けつけて来るような場所に警備がないなんて。

 もしかして、あの吸血鬼が何かしたんだろうか。


「警備の気をひかないと……」


「私がやってみましょうか?」


「この深夜の雨の中、嬢ちゃんみたいな薄着の女が出てきたら、怪しさ満点だろ」


「うーん……たしかに」


「よし、こうなったら目くらましといこう」


「ワルターさん、何をする気です?」


「なぁに花火を使ったちょっとしたトリックだよ」


 そういってワルターは手持ちの道具を使って何かを始める。

 彼はショットガンから弾を抜くと、ナイフを使って分解して火薬を取り出した。


「なるほど、火花や音を出して気を引くんですね?」


「あぁ、そんなところだ。なにか手頃な入れ物は……お、あれなんかいいな」


 ワルターは地面に落ちていた空き缶を拾うと、その中に火薬を詰め込んだ。

 次にちり紙にわずかな火薬を乗せ、こよりを作って導火線とした。


「これでデコイのできあがりだ。適当なところで爆発させれば気を引けるぞ」


「なるほど。僕も手伝います」


「あぁ、できるだけ目立つ場所で破裂させてくれ」


 俺は出来上がった火薬入りの缶をワルターから受け取った。

 どこか人目をひける、手頃な場所に仕掛けなくては。


 チカチカと瞬く街灯が照らし出す地面の下を避け、俺達は影を伝う。

 多少の足音は雨音でかき消される。

 俺のようなド素人でも今の状況なら隠密行動できる。


『音がしたら連中が駆け寄りたくなる場所……そうだな、倉庫の中とか?』


『それと、入口から見えない場所にしないといけない、よね? 入口から見える場所だと、気を引いてもすぐにバレちゃう。』


『確かに……なら、あそこなんてどう?』


 俺は入口からみて影になっている小さな倉庫を指さした。

 ちんまりとした建物は、他の建物の壁に隠れて目立ちにくい。

 ここなら良さそうだ。


 しかし、当然のことながら倉庫の扉には鍵がかかっていた。

 粗末な南京錠がスライドドアの金具にかけられている。


『これくらいなら……えいっ』


 マリアは扉についていた錠前を素手で引き千切った。ゴリラかな?


 ナチュラルに器物破損してしまったが、これもやむを得ない犠牲コラテラル・ダメージというやつだ。


 足を踏み入れると、倉庫は大きなたるでいっぱいだった。

 そのうちのいくつかは、フタが開きっぱなしになっている。


「ふーむ?」


 俺は何となく興味をひかれ、樽の中をのぞいて見た。

 黒ずんだ樽の中には、樽のふちギリギリまで白い粉がつまっている。

 粉は白く半透明で、水晶のような結晶ができていた。


『ジロー様、これなんだろう?』


『きっと塩か砂糖の貯蔵庫かな? フタを開いたままにするから、湿気でガチガチに固まっちゃったんだろうね。まったくもう、雑だなぁ……』


 樽の中の結晶は、入口から差し込む街灯の灯りを受けてキラキラと光っている。

 見た目は幻想的だけど、商品としてはもう終わってるな、コレ。

 巨大な倉庫街だけあって、管理が行き届いてないのかも知れないな。


『よし、ここに仕掛けよう』


 マリアが火口箱ほくちばこをつかって缶に火をつけ、倉庫のタルの上に置いた。

 これで入口の連中の気を引けるはずだ。





「通報があったのはここか、伍長ごちょう?」


「はい。近隣の住民から発砲音が連続して聞こえたと……」


「銃を使ってるのはまずいな……」


「あぁ、どこの酔っぱらいか知らんが、自殺行為だ」


 肩の階級章に2つの星をつけたベテラン風の兵士が不安そうに倉庫を見つめる。

 若い伍長はその様子に聞き返さずにはいられなかった。


「どういうことでありますか?」


「ここには大量の火薬の材料が保管されてるんだ。魔国との戦争に備えてな」


「なっ!?」


「しかも、材料の備蓄が増えすぎてロクに安全管理もできてない。古い倉庫を保管に使っていて、まるで警備が間に合ってないんだ」


「あぁ、もし白い結晶を見つけたら絶対にそこでは銃を使うなよ」


「白い結晶?」


「火薬の材料は、硝酸しょうさんアンモニウムってやつでな。見た目は砂糖や塩とほとんど変わらない白い結晶の見た目をしているんだ。見つけたら近寄るなよ」


「火薬の材料といっても、火薬になる前ならそんなに危険じゃないでしょう?」


「甘く見るなよ。火薬の材料だけあって爆発性がある。とくに湿気で固まってたり、密閉されていると半端じゃない大爆発を起こす」


「倉庫には水に反応して燃える物質も保管されている。もし酔っ払いがそれに小便でも引っ掛けたら、俺たちはお終いだな」


「いま、雨ですよね……?」


「あぁ、だから入るに入れな――ッ?!」


 その瞬間、彼らは周囲の空気が潮のように動くのを感じた。刹那、圧力を感じるほどの閃光がほとばしり、伍長はトラックが宙に浮くのを見た。


「「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!???」」


<ドコオオオオオオオオオオォォォン!!!!!>


 静まり返った夜の街に爆音が響き、衝撃波が倉庫街を吹き飛ばした。


 この事件は、後に「涙の日」と呼ばれる。

 これにより、王国は武器貯蔵のおよそ30%を喪失。

 魔国侵攻計画は大幅に遅延することとなった。


 スラムの反乱直後というタイミングもあって、様々な噂がささやかれた。


 いわく、帝国の奴隷による報復テロ。

 いわく、魔国のスパイによる破壊工作。

 いわく、迷い込んだ酔っぱらいによる事故などなど……。


 だが、本当の事は誰も知らない。

 倉庫でおきた大爆発は、すべての証拠を吹き飛ばしてしまったからだ。


 ドラマチックなタイミングで起きたミステリアスな大事件は人々の興味を引き、しばらく陰謀論の鉄板ネタとして社交場をにぎやかしたという。



◆◇◆



※作者コメント※

悲報:ジローたちにさらなる前科が追加される。

暴行 器物破損 公務執行妨害 NEW!!→爆破テロ

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