伝えられないもの

 背後で熱のある歓声が上がる。

 俺たちは人垣の間をぬうようにして処刑場を後にした。


 一刻でも早く、俺はオールドフォートに戻りたくなっていた。


 処刑を待ち望んでいる、数多くの人々。そうした異世界の人たちの考えが理解できず、宇宙人に囲まれているような居心地の悪さを感じていたせいかも知れない。


 街路を進んでいると、足元の玉石が減って次第に土の道になる。足首に傾きを感じ、坂を登るようになると、オールドフォートの城壁が目に入ってきた。


 砦を囲む古い壁は、暗灰色の空を塞ぐようにたちはだかっていた。

 そのシルエットは、石が壁から落ちこぼれたせいで、でたらめに波打っている。


 苔むし黒ずんだ石の壁は今にも突き崩れそうだ。

 それなのに、砦の壁を見た俺はほっとする感覚を覚えていた。


 壁というものは安心を感じさせてくれるらしい。

 たとえそれがどんなに粗末なものでも。


 俺はスラムのテントを避けるように砂利道をたどって塔にいく。

 すると、ランスロットさんと子どもたちが塔の前で輪になっていた。


「ランスロットさん、ただいま戻りました……?」

「…………?(かしげっ)」


 俺たちは帰還をしらせるために輪に駆け寄った。

 すると、みんなの様子がおかしい。


 みんなが顔を地面に向けて、何も言わずにしんとしている。

 何ごとかと思ったが、子どもたちの手元を見て納得がいった。


 彼らは木の棒をにぎりしめ、地面の砂に文字のようなものを書いていた。

 ということは、これはつまり……。


「ランスロットさん、学校を始めたんですか?」


「ハハ、子どもたちにせがまれまして」


「こどもたちに?」


「手話は便利ですが、それだけでは伝えられないモノがありますので」


「手話で伝えられないもの? なんだろう……」


「…………!(はっ)」


 ランスロットさんの言葉を聞いたマリアが、ハッとした様子になった。

 何かピンときたものがあるようで、うんうんと頷いている。


「えー?」


「それは彼らから伝えたほうが良いでしょう。誰から行きますか?」


「…………!(ばっ)」


 黒髪を短くした少女が素早く手を上げた。

 あの子は……忘れようがない。

 トンネルの中で子どもたちの引率を手伝ってくれた少女だ。


 彼女はコンパスのように両足を広げて俺の前に立った。

 ふふんと自慢げに鼻をならすと、棒を使って俺の足元に何かの文字を書き始めた。


「…………!(にやり)」


 文字の列は短い。どうやら一語の単語のようだ。

 転移者の俺は、謎の力によって異世界の文字や言語が読み取れる。

 理屈はわからないが、ご都合主義バンザイとだけ言っておこう。


 どれどれ……?

 少女が足元に書いた文字だが……うん。まるで意味が読み取れない。

 だが、「ダフネ」という音だけが俺の頭に入ってくる。


 ということは――


「えっと……ダフネ。これが君の名前?」


「…………!?(こくこく)」


「そうか、ダフネって言ったんだね。トンネルではありがとう、ダフネ」


「…………!!(にかっ!)」


 ダフネは、南国の果物を思わせるような、甘く弾ける笑顔を俺に返した。

 その人懐っこい笑みに、俺はおもわず微笑み返してしまった。


「なんだ。えらい懐かれてるじゃないか?」


「え……あっ、はい?!」


 ワルターがからかうように笑って、俺の肩に手を置く。

 そして、ごつごつとした手で思いっきり背中をしばかれた。


「ぐえっ!」


「ま、お前さんは俺らにできないことをやったんだ。この調子で頼むわ」


「……?」


 俺が言葉の意味を聞き返す前に、ワルターは塔に行ってしまう。

 手を振る後ろ姿に首をかしげていると、ランスロットさんが咳払いをした。

 

「では、次は誰が行きますか?」


「…………!(ばっ!)」


 ランスロットさんがそう呼びかけると、次の子供が手をあげた。

 くっ、この場にいる子どもたちの数は、20人を超えている。

 これだけの数の顔と名前をいっぺんに覚えろというのか……。


 しかし、ここはやりきらねばならない。

 子どもたちは文字を頑張って覚えて、俺に名前を教えてくれているんだ。

 忘れるなんて可哀想すぎる。


 次の日になって「君の名前なんだっけ」なんて言われたら……。

 俺なら絶対にショックを受けるね。間違いない。


 フスィー……。


 よし、レストランでバイトした経験を活かすんだ。

 社員やバイト仲間、常連の顔と名前を覚えるときはどうした?


 うーん、そうだな……大体はアレだ。

 その人の特徴とか、エピソードをだき合わせるのが有効だった。


 顔は視覚的な情報で、名前は文字的な情報だ。

 それぞれ違う情報だから、単純にくっつけても覚えにくい。

 だから、それ以外の〝何かのイメージ〟の助けを借りる。


 例えば「荒川さん」なら――荒い川かぁ。そういえば、いつも水を出しっぱなしにして皿洗って水を無駄に使ってるなぁ……とかだな。

 そういったエピソードをくっつけるのが有効だ。


 声質なんかも使えるが、今回はみんな声の出せない奴隷だから無理だ。

 となると、しぐさやそうしたエピソードの記憶で行くしかないだろう。


 よし、やるぞ……やってやるぞ――

 うぉぉぉぉぉ!!!



◆◇◆



※作者コメント※

人によってはけっこうキツイ試練受けてる……w

顔と名前一致して覚えられる人ってすごいよね。

わりとマジで才能だと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る