大逆罪

 俺たちはオールドフォートに戻るために街路を歩く。

 風呂敷に包んでいるグレムリンは、いまのところ静かにしていた。


「…………(じーっ)」


 マリアはグレムリンのことが気になるのだろう。

 俺のスキをうかがっては、たびたびちょっかいを出そうとしていた。


「めっ、だよ。ネコチャンがおどろいて風呂敷から飛び出したら大変でしょ?」


「…………!(ふんす!)」


「それよりも、今のうちにこの子の名前を考えてあげないと。いつまでもネコチャンって呼ぶわけにもいけないし」


「…………!!(こくこく)」


 俺はうまいことマリアの気を反らせることに成功した。

 彼女は空中に指で文字をかき、グレムリンの名前を考えてくれている。


 しかし、それに夢中になっているせいだろう。

 さっきからマリアの心の声が聞こえない。


 どうやら何かに熱中してると、ハーモナイザーは沈黙してしまうようだ。

 これはまた思わぬ欠点が見つかったなー。


「さてと、今のうちに戻らないと……あれっ?」


「む、道が完全に塞がってるな。さっきまでは通れたのに」


 行きと全く同じルートを、俺たちは帰り道に使っている。

 しかし、何かに注目している人混みのせいで、帰り道は大混雑していた。


「いったい何の人混みなんでしょう……?」


「…………?(かしげっ)」


「妙だな。今日が祝祭日の聖人はいない。どこぞの大店おおだなで大安売りをしているって話も聞いてないが、はて……」


 ワルターは大きな体を揺らし、人混みの向こうを見る。

 俺もつられて背伸びをしてみたが、人の頭がジャマでよくわからなかった。


「おやおや……どうやらメインイベントが始まったようだ」


「メインイベント?」


「行きにやってた公開処刑の続きだ。小僧、観客のぼやきを覚えてるか?」


「あ、たしか血が足らないみたいなことを……」


「そうだ。主犯格の処刑を派手にやるみたいだな。処刑台に登ってるのは、みたところ若い男のようだが……あいつがスラムで起きた反乱の主犯か?」


「アイン!?」


「なんだ、知り合いか?」


「いえ、知り合いっていうよりは、迷惑をかけられた相手って感じですが……」


「…………!(こくこく)」


「そうか……。お前らはここを離れたほうが良いかもしれんな。そのアインってヤツが、死ぬほど嫌いな人間であってもな。」


「?」


「行きで出くわした処刑のとき、法官が言ったことを聞かなかったか?」


「あ、反乱がなんとかってやつですか」


「そうだ。ヤツの罪はスラムで反乱を主導しただけじゃない。王国にその罪をなすりつけようとしたことも含まれている。間違いなく大逆罪となる」


「大逆罪。王への反乱ってことですよね?」


「――ああ。大逆罪の処刑方法は、今風の銃殺とちがって楽には殺さない。

 大衆好みの昔ながらの方法だ」


「……みんなの前で首を切るってことですか?」


「ハッ、それは貴族向けの名誉ある処刑だ。大逆人にそんなことはしない」


「じゃあ、いったい……」


「一言じゃ言えんな。大逆人の処刑ってのは、ばあちゃんが年始に作る料理みたいに手が込んでる。まず溶けた銅で犯行に使った時の手をく。今回だと両手かな?」


「ひぇっ」


「…………!(ぶるるっ)」


「そうしてこんがりローストした後、腹を切って腸を巻き取る。普通だったらショックで死ぬが、〝医聖〟のスキルで延命をするから生きながらにして――」


「す、すみません。もういいです」


「…………!!(こくこく)」


 俺とマリアは一緒になってはげしく首を縦にふる。

 ちょっと聞いただけなのに、吐きそうな悪心を感じた。


 アインはけっして善人ではないし、俺とマリアを殺そうとした。

 それにしたって、苛烈かれつすぎる処刑方法だ。


 彼の運命としては妥当なものかもしれない。

 だが、望んで見たいものでもなかった。


「だろうな。お前さんはそういう楽しみができるタイプに見えない」


「逆にいうと、これだけの数の人がそれを待ってるんですよね……?」


「そういうこったな。……きっと、後ろめたさがあるんだろうな」


「後ろめたさ?」


「シルニア王国は帝国と戦争になって死にかけていた。これは事実だ。国土のほとんどを失って、親兄弟の欠けているやつがゴロゴロしている」


「でも、転移者の力を……ワルターさんが背負っている〝ゲンダイヘイキ〟を使って帝国に勝ったんですよね」


「そうだな――博打ギャンブルで例えてみるか。負けが込んで借金で首が回らなかった連中が、一発逆転して勝った時、相手に対して何を求めると思う?」


「それは……負けた分を取り返すことです」


「ハッ、負けた分だけじゃ賭けをした意味がないだろう? 国をまるごと皿の上に乗せてチップにしたのは、博打でたらふく儲けるためだ」


「そうか。利益を上乗せして要求した? でもそれって……」


 シルニア王国は王都を残して負け続けていた。

 それを取り返すとしたら、どれだけのものを求めたか。

 僕のとなりにいるマリアがそれを物語っている。


「戦いが終わっても、シルニアは死にかけていた。だから王国は、帝国のものをかたっぱしから奪うことにした。金や土地だけでなく、そこに住む人間すらもな」


「後ろめたさって、マリアたち奴隷のことですか」


「あぁ。何てことはない。王国は帝国がやろうとしたことを鏡写しで実行したんだ」


「…………(ぐっ)」


 手を引いていたマリアの手に、ぐっと力が入っている。

 俺はそんな彼女の手を握り返した。


「それだけじゃない。帝国に苦しめられていた無力で善良な人々という仮面も、勝利によってがされた。圧制者は今やシルニアの方なのさ」


「それと、この処刑に何の関係が?」


「大ありだろ? 戦いには勝ったが、連中は自分たちの正義に自信を失っていたんだ。そんなとき、反乱を広げるために、帝国人が同胞であるはずの帝国人を殺した。お前ならどう考える?」


「自分たちの目的のためなら、帝国人は何でもする……」


「そうだ。悪人はやっぱり悪人だった。これほど刺激的な娯楽もなかろう?」


「あれはアインと取り巻きたちの悪事です。帝国人全体に広げるのは間違ってる」


「俺もそう思う。でも不安を抱えた連中はそのストーリーに飛びつくだろう。帝国人は生まれながらの悪人だ。放っておくと危険だから管理しなくちゃいけないってな」


「……僕にはどっちが悪人で、どっちが善人か何かなんて分かりません。

 でも、いまのシルニアは何かが間違っている気がします」


「俺もだ。かといって、俺たちゃどうしたら良かったんだろうな。転移者なんか呼ばずに、素直に負けてたらよかったのか?」


「それは……」


「あの時、別の選択をしたらどうなっていたのか? 酒の席じゃよくあるネタだが、こと国なんて大きなものが相手になれば、そんなのは誰にもわかりゃしない。そもそもの話、俺たちに勝利する以外の選択肢なんてなかった」


「それでも、ワルターさんならどう思うんです?」


「……そうだな。その場その時での最善は、その先の未来を保証するわけじゃない。あえて最低のクソみたいな選択肢を選ぶ必要だってあったかもしれない」


「というと――わっ!?」


 風呂敷の中からグレムリンが顔を出した。俺はそれに驚いて声を上げてしまった。

 俺の気苦労もしらず、白いネコはのんきな鳴き声を上げる。


「みゃーん♪」


「お前さんは得体のしれないモンスターを持って帰ろうとしている。無謀としか思えないが、そんな思いきった行動が必要だったかもしれない。そう言ってるのさ」


「ほめてるようで、ほめてないですよねソレ?」


 ワルターは返事をしない。

 ただ無骨な眉を曲げるだけだった。


「――未来を考えなかった。その意味ではこの場にいる全員に罪があるだろうな」



◆◇◆



※作者コメント※

設定上、大逆罪の処刑シーンはグロすぎるためカットとなりました。

R18G展開になるからね!


本作の異世界ってディストピアに両足突っ込んでけど、誰もが鈍感になってまた同じような明日が来ると信じている。そこが現実にも存在するホラーな部分ですわね。(急に正気に戻るな

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