解剖学者のもとへ

 ギルドを出た俺とマリアは、さっそく解剖学者と落ち合うことにした。

 依頼の詳細が書かれた帳面を開いて連絡先を調べる。

 それによると、学者はすでに現地でキャンプを設営したようだ。


『依頼書によると、解剖学者アナトミストは目的の古墳の近くでキャンプを張って冒険者の到着を待ってるみたいだね。古墳の名前はブロークンニー……膝砕ひざくだきってことかな?』


『変な名前~』


 古墳の名前を聞いたマリアはくすくすと猫のように笑う。

 たしかに奇妙な名前だ。

 それに、ただのお墓にしては物騒すぎる。


『古墳の場所はここから南、枯れた森を超えた先にある丘か。行く前にどんな場所かちょっと見てみよう』


『うん!』


 人目をさけるために路地裏に入った俺は、紅白カラーのヘルメットを被る。

 地上の監視を続けている人工衛星にアクセスするためだ。

 ヘルメットを被ると、目の前がぼうっと光り、視界にUIが重なって表示される。

 

 ヘルメットに電源が入る時のコレは毎度のことだが、ロボットアニメの起動シーンを思わせて、俺の男の子心を刺激してくる。


 これがキライな男子はおそらくこの世に存在しないだろう。


『さて、ここから南だったな……』


 目の前に表示された地図を指先でこすって、視点を南に向ける。

 王都の南、赤茶けた森の先には、緑がかった灰色の大地が広がっていた。


 空からみたこの地面の色彩を何と表現したものか。


 美術の授業では、絵筆を水の入ったバケツで洗う。そうしていると最後の方にはどろっとした不快な灰色になる。


 目の前に広がる大地は、そんなバケツの中を思わせる不快さがあった。


『ジロー様、赤い森の先は沼地になってるみたい』


『なるほど、このどろっとした灰色は沼の色か……』


『うん。すっごいドロドロだね』


 沼地には黄色い草地が飛び地のように点々と存在して、ぶちのようになっている。

 橋がかけられた島もところどころあるが、完全ではない。

 自転車を借りたとしても、この沼地を踏破するのは無理があるな。


『ここを自転車で行くのは無理だろうなぁ』


『みて、お船があるよ』


『え? あ、ホントだ。沼の外周に小屋とボートがあるね』


『たぶん、漁師さんの小屋かも?』


『ふーむ、解剖学者はここでボートを借りてこの沼を越えたのかな?』


 さらに沼地を見て回っていると、中心に丘があることに気付いた。

 丘の中央には石でできた何らかの構造物があり、その近くにオレンジ色のテントと焚き火の痕跡こんせきがあった。


 きっとこれが解剖学者の作ったキャンプだろう。

 沼の中にある古墳か。みるからに厄介そうな場所だ……。

 解剖学者はよくこんな所を行ったなぁ。


『よし、これで目的地の状況が大体わかったね。赤い森を越えて、沼地の中にある丘まで行けばいいみたいだ』


『歩いていったら、だいたい丸一日くらいかかる、かも?』


『うーん……たしかにそれくらいだろうね。でも、僕たちにはレコンスーツがあるから、ジャンプして行けばすぐにつくはずだ』


『あ、そっか!』


『これを幸いといって良いのかわからないけど……目的地まで人家はほとんどない。ひとっ飛びしても、誰かに目撃されることはまずなさそうだ』


 俺たちはいったんオールドフォートに戻ると、背負い袋にレコンスーツを詰め込んで街の外に出た。今回は自転車を借りずに歩きで行く。借りたとしても、どこかに置き去りにしないといけなくなるからね。


 門を出た俺たちは、王都の中に入ろうと行列を作るコンボイとすれ違う。

 そこから南に足を向けると、すれ違う人はどんどん減っていった。

 赤い森に用事のある人間は、俺たち冒険者の他にはいないのだろう。


『よし、ここらで良いかな?』


『ジロー様、ここ、さびしいとこだね』


『……そうだね。実際その場所に立って見るのは、上から見るのとはちがうね』


 赤い森は立ち枯れた木々がならび、足元はうず高くつもった枯れ葉でいっぱいだった。枯れた木の樹皮は炭のように真っ黒になって割れている。


 割れた木の中は空っぽなうろになっていて、何かの抜け殻のようだ。

 森が死ぬというのはこういうことなのか。


『あんまり長居したい場所じゃないな。マリア、ジャンプの準備を』


『うん!』


 俺たちは背負い袋からレコンスーツを出して袖を通す。

 レコンスーツは不思議な特性を持っている。脱いだ状態だと普通の革のツナギのように柔軟なのだが、いざ身につけると、気合が入ったように固くなるのだ。


 理屈はよくわからない。未来の技術のせいだとはおもうけど……。

 人間の体温とか、あるいはエーテルに反応しているんだろうか?


 というのも、レコンヘルメットはこの間からちょくちょく「エーテル」なる単語を口にしているからだ。強化栄養食もそうだが、未来の兵器は何かしらの手段でエーテルを利用している。これは間違いない。


 問題は、この未来が「どちら」に属するのか、だ。


 どこか別の世界の未来なのか、それとも僕らの世界の未来なのか。


 もし、この兵器群がそうだとしたら……。

 僕はこの未来兵器に一抹の不安を感じ得ない。


 未来兵器の性能は、現代兵器と比べると明らかに過剰だ。

 もしこの兵器が僕らの世界に由来しているとしたら――

 

 ……未来の僕らは、いったい何と戦ってるんだ?



◆◇◆

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