世界はより〇〇な者を求める

 作戦会議の後、俺とマリアはいつものように冒険者ギルドを訪れた。

 なにはともあれ、冒険者ランクを上げないといけないからな。


 ギルドの扉をくぐり、酒臭いテーブルの間を抜けて奥のカウンターに行くと、いつものように書類の要塞に囲まれたサイゾウが俺たちを出迎えた。


「お、来たか。★2になってからの調子はどうだ?」


「ぼちぼちってところですかね。 王都の外に出るようになって、ぐっと世界が広がった感じがします。くわえて、やっかいごとの多さに目が回りそうです」


「だろうな。世間にトラブルの種が尽きないこともわかったろ」


「そうですね……。最近、王都の状況で何か変わったことがありますか?」


「変わったことねぇ。王都の状況は常に流動的だ。一度として、今日が昨日と同じだった試しはない。といっても、最近は特に奇妙だな」


「というと?」


「この間の爆破テロが原因で、銃士隊の活動は低調になっていたんだが……。城壁の外に出てる部隊に合流する動きが見え始めたんだ」


「まさかと思いますが、それは昨日からですか?」


「……その通りだ。ジロー、お前が見聞きした内容次第ではチップを弾むぞ」


「銀5枚でどうです? それだけの価値はあると思います」


「ハハッ、お前も業界のことがわかってきたじゃないか。――2枚だ」


「3枚くれてもいいんじゃないですか? 気に入らなければ1枚返しますよ」


「よし、いいだろう……話してみな」


 サイゾウは3枚の銀貨をテーブルに置き、こちらに向かってすべらせた。

 僕はそのうちの2枚を受けとり、1枚の銀貨の上に指を置いた。


「これはつい昨日あったことです。王都近くにある湖の北に古い森があるでしょう? 僕はそこで銃士隊の戦車隊を見ました。戦車の数は10。トラックも同じくらいの数があったと思います」


「ずいぶんな大部隊だな……。だが、北の森だと? そこは――」


「お気づきの通りです。連中は森の外周部の木々を切り倒し、森に潜む精霊たち……シュラウトを誘い出そうとしていました。ご丁寧に罠まで用意してね」


「続けてくれ」


「誘いにのったシュラウトが銃士隊に向かって突撃を始めました。銃士隊は応戦しましたが、謎の魔法を受けて戦車がことごとく炎上。敗走しました」


「謎の魔法ね……。北の森と言ったな?」


「えぇ。」


「昨夜、北の空で謎の光を見たっていう目撃情報がギルドの監査官から届いててな。調査依頼を作るかどうか迷ってたところだったんだ。なるほどな」


「依頼の手間が省けて何よりです」


「銃士隊が人間に対して中立の立場を取っていたシュラウトに手を出し、あまつさえ何の成果を得られなかった。なるほど、口が固くなるはずだ」


「銃士隊の口が固いのは、それだけじゃないかも」


「ほう、まだ手持ちがあるのか。よし、コインは持っていけ。……もう一枚だ」


「どうも。」


 サイゾウは4枚めのコインをテーブルに置いた。

 うーん、実にハードボイルドなやり取りだ。ちょっと楽しくなってきたぞ。


「シュラウトを討伐しようとしていた部隊に転移者がいました。部隊の動きから察するに、シュラウトを倒す目的は彼らのレベルを上げるためかと」


「なるほどな。状況が見えてきたぞ……」


「というと?」


「実はな……ギルドにこれまで以上の圧力がかかってきたんだ。モンスター討伐の依頼は冒険者にまわすなってな。お前も知っての通り、現代兵器で狩りやすいモンスターは以前から規制されていた。だが、今回は完全な禁止だ」


「それはまた、横暴にもほどがありますね……」


「もっとも、規制は抜け穴だらけだけどな」


「抜け穴? どういうことです」

「…………?(かしげっ?)」


「規制されたのは「モンスター討伐」の依頼だ。例えばそうだな……」


 サイゾウは自身を取り囲む書類の要塞を見回す。

 するとそこから、レンガのような分厚い一冊の帳面を引っこ抜いた。

 帳面を開いた彼は、そこに書かれていた古い依頼を指さした。


「さて……ここには『畑を荒らすイノシシの討伐依頼』がある。この依頼は一見イノシシ討伐の依頼に見えるが、本質は畑の問題の解決だ。つまりこの依頼は『イノシシ討伐』ではなく、『畑の問題の解決』なんだ。」


「ひ、ひどい言葉遊びだ……」


「ぬはは! 伊達に文字と言葉をいじくり回す仕事をしてねぇってことよ。連中がいくら規制しようとも、看板をすげかえちまえば大した問題にならん」


「そんなことしていいんですか?」


「こっちにも生活ってもんがあるからな。ギルドと冒険者のためだ。」


「なるほど。ではその高い志をもって、何か依頼を紹介してくれますか?」


「もちろんだとも。さて、依頼だが……以前紹介した依頼がまだある」


「えーっと、どんなのでしたっけ?」


「依頼は2つだ。解剖学者アナトミストからの依頼で、モンスターを生きたまま研究したいってんで、捕まえるのを手伝ってくれってのだ。もうひとつは街の鍛冶師からの依頼で、先祖が使っていた道具を遺跡から回収してくるって探索任務だ」


「ふむふむ……どちらも興味深いですね。解剖学者というのは?」


「モンスターを解剖して弱点を解明したり、素材の利用方法を見つけるのを仕事としている連中だ。そんで今回の相手は『ドラウグル』らしい」


「ドラウグル?」


「各地に残る古墳に住むアンデッドだ。俺は歴史学者じゃないから詳しいことはわからんが、彼らの部族はドラゴンを信仰していて、その力を借りてたらしい。」


「ドラゴンの力を? ん、ちょっと待ってください、ドラウグルはアンデッドなんですよね? アンデッドを生きたまま研究するって、なんか矛盾してませんか?」


「俺もそう思って依頼人に聞き返したんだが、矛盾はしてないらしい。ドラウグルは塚人ワイトの一種で、何かの力で現世に命を繋ぎ留めている、れっきとした生物らしい。今回の依頼は、その力の源や原理を突き止めることなんだとさ」


「ふーむ……興味深いですね。もうひとつの探索任務の方の詳細は?」


「おう。前にも言ったと思うが、王都に住む鍛冶師はマトモな仕事がない。工場から吐き出される大量の製品のせいで、糊口をしのぐのがやっとだ」


「現代兵器のせいで、鎧や兜、剣なんかを作る需要が一気になくなったんですよね」


「そうだ。それで鍛冶師は新しくも古い事業に取り組むことにしたらしい」


「新しくも古い事業?」


「そうだ。依頼主はドワーフでな。自分たちの先祖が作っていた自動人形オートマトンとかいうカラクリ人形の製造を再開しようとしているんだ」


「ほうほうほう……!!」


「しかし、彼らの先祖が遺した遺跡はいまだにドワーフの作った防衛機構が生きているらしくてな、まともに入ることができん。そこで冒険者の出番というわけだ」


「なるほど……」


『ジロー様、どっちもおもしろそう、だね』


『うん、どっちを受けるか迷っちゃうなぁ……』


『どっちも受けるっていうのは、ダメなの?』


『そういえば、そういう依頼の受け方は試してなかったね。どうなんだろ?』


「サイゾウさん、どっちの依頼も受けるってことは出来ないんですか?」


「複数の依頼を受けることは原則として禁止だ。依頼をひとめしても時間がかかるだけで依頼人の利益にならんし、他の冒険者にも迷惑だからな」


「それはそうですね……」


「さて、どっちにする?」


「うーんんん……解剖学者の方で! 研究に協力するっていう依頼なら、銃士隊が介入してくることも無さそうですし、ドラウグルの謎に興味があります」


「よし、ならコイツを持っていけ。依頼の詳細が書いてある」


 サイゾウはさっきと同じように、要塞からレンガのような帳面を引っこ抜いた。

 この書類と本の山のどこに何があるか把握してるの、何気にすごいな。


「どうも。」


「どうでもいいが、先方の依頼人は、お前さんと気が合いそうだな」


「というと?」


「お前さんと依頼人は、未知のものに挑戦する気概がある。いまどき珍しいよ」


「それって、無謀ってことじゃ……」


「ハハ、そうかもしれん。だが、いまどきの冒険者はどっちの依頼にも尻込みする。冒険者の風上にもおけん話だが、今の冒険者は冒険的なことを嫌うんだ」


「うーん、どうしてそんなことになったんですかね……」


「俺にもわからん。ただ――」


「?」


「何事もそうなんだが、やったことがないヤツに聞いても、出来ない理由を教えられるだけだ。やったヤツに聞いたほうがいいってこと、あるだろ?」


「……なるほど。世界が変わって、誰もやったことがないことが増えすぎた?」


「世界が前に進むと、人にできることが増えたように見える。だが実際にはできなくなることも増えてしまった。今の世界は以前より勇気を必要とする世界になったのかもしれん。――あるいは、よりバカなヤツをな」


「褒めるかと思いきや、とんでもないディスりが来た?!」


「ハハ、それじゃ良い狩りを!!」



◆◇◆



※作者コメント※

スカイリム…ドラゴンボーン…うっ、頭が!

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