ジローの営業


 広場に向かって歩きながら、俺はマリアと相談していた。

 スラムの子どもたちをどうやって給食に誘うか?

 色々とアイデアは出るが、コレといったものは出てこない。


『マリア、どうやって子供たちを誘えばいいと思う?』


『うーん……わかんない。そう簡単じゃないと思う。スラムの子たちはよそ者を信用しないの。とくにタダで何かを配ろうとする人たちは』


『エーテル回収車のほかにも、スラムに来る人たちがいるの?』


『うん。小さな子をさらって、子供のいない家に売ろうとしてる人とか、少し大きくなった子を弟子にするっていって、自分の工房で働かせようとする人が来るよ。すぐ追い返されるけど、食べ物もってやってくるの』


 おぅふ。やっぱり倫理観が終わってる。


『そっかぁ……ご飯を配るっていっても、やっぱ怪しまれるよね』


『うん。スラムの子たちは、他の人が裏切られたり利用されたりするのを見てる……帝国がなくなったショックがいちばん大きい、かな』


『どういうこと?』


『ずっと続くと思った世界がこわれちゃったから……。スラムで声をうばわれて奴隷になった人たちは、帝国でえらかった人たちの家族が多いの』


『前、ランスロットさんに聞いたっけ。声を封じるのは、スキルを封印する意味があるって。そういう人たちって、帝国でも偉い人たちだったんだね』


「うん。帝国はすごいスキルを持ってる人がえらくなれる〟じつりょくしゅぎ〟の国だったんだって」


『なるほど。アインが言ってた「持てる者」の意味はそういうことか。この世界では、生まれながら強力なスキルを持つものが〝強者〟だった、と』


 なるほどね。

 よいスキルがあれば、よい仕事を得て、よい生活ができる。

 しかしその幻想は、「銃」と帝国の崩壊によって打ち砕かれた。


 アインは最初、そうした変化を歓迎したかもしれない。

 しかし彼は帝国人だ。王国が彼を引き立てる理由がない。


 それにスキルの重要性が下がったのは、銃のせいだけじゃない。

 もっと大きいのは、あの黒い煙を吐き出す〝工場〟がつくる現代の物品だ。


 科学が発達した結果、「人」より「機械」が重要になった。

 工場のレバーを引き、スイッチを押すのはだれでも良い。

 職人を必要としない大量生産が世界を変えていく……。


 しかしここにおいて、この異世界では重大なエラーが発生している。


 王と貴族がブイブイいわせる時代は、土地が富であり、財産だった。

 しかし、この街にあるような工場が出来上がった時代は、企業の持つ発明や特許、すなわち〝知〟が新たな富となる――はずだった。


 産業革命が起きた後の時代は、機械や製品を設計する人たちが重要になる。

 ――でも、この異世界ではそうならない。


 なぜなら、この世界の工場は、転移者がスキルでぽんと置いたものだからだ。

 工場はこの世界の技術、知識とは何のつながりもない。

 誰も使う以上に理解してないし、これ以上発展する見込みもない。


 これは王女が持っている優位性を誰も覆せないことを意味する。


 現代のモノを手に入れることができるのは、転移者を呼び寄せられる王女だけ。

 それが変わらない限り、絶対強者の地位は揺らがない。


 もしこれをひっくり返そうとしたら、いったい何が必要になるだろうか。

 ……すごい嫌な予感がする。


『ついたよ! どうしたのジロー様?』


『あ、ごめん。ちょっと考えごとしながら歩いてた』

『しっかりだよ!』


 考えこんでいた俺は、マリアにしかられてしまった。

 さて、気をとり直していこう。


 スラムの子どもたちは、空き地でボールを使って遊んでいる。

 しかし、ゲームの様子を見た俺は首をかしげてしまった。


 2つのチームが争っていて、それぞれのチームは9人のようだ。


 空き地には四角い木の板が4箇所、ひし形をつくるように置かれている。木の板はひとつだけ五角形に切り取られていて、そこがホームベースらしい。


 だが、ここからがちょっとおかしい。

 ホームベースにはカゴで作ったゴールがあり、キーパーがいた。

 うん????


『うーん……マリア、あれって何?』

『ベースサッカーだよ』

『あー……混ざっちゃったか』


 転移者がこの世界にベースボールとサッカーを持ち込んだのだろう。

 だが、遊ばれるうちに2つのルールが完全に混ざってしまったらしい。


「やぁ。ちょっといいかな?」


 俺はキーパーをしている子に話しかけてみた。

 短髪の女の子は、その立ち居振る舞いからどことなくガキ大将タイプに見える。

 俺が話しかけると、その子は「あっちいけ」という仕草を手で返した。


「試合中にゴメン。ただちょっとお願いしたいことがあるんだ」


「…………!(しっし!)」 


 どうやら声が出せないらしい。

 この子もマリアと同じか。


「君たちにご飯をごちそうしたいだ。もちろんお金は取らない。うさん臭いと思うだろうけど、僕にはたくさん食べてくれる子たちが必要なんだ」


 俺は女の子に話しかけるが、ぷいっと前を向いてしまった。

 だろうね!! 自分で言っといて何だけど、怪しすぎるもん!!!


 よし。こうなったら創造魔法を実演するしかない。


「クリエイト・フード!」


 俺は創造魔法を使い、例のアレ――「三等娯楽食」を取り出した。

 ディストピア飯だと見た目のアピールが貧弱すぎるからね。


「…………?!(くわっ!?)」


 俺の手の中に現れたものを見た少女は、目を丸くする。

 しかし、それが悪かった。

 空を切って飛んできたボールが、彼女が守るゴールの中に入ってしまったのだ。


「…………!!!(じだんだ!)」

「あ、ごめん……」


 ゴールを奪われてしまった短髪の少女は、地団駄じだんだを踏んだ。

 そして彼女は俺を指さした後、拳で素振りをする。

 うん、これはきっと「やんのかこら!」って意味だろう。


 すると、他の子たちもなんだなんだと集まってきた。

 子どもたちの顔には、疑問が3割、残りの7割は怒りが浮かんでいる。

 これはちょっとマズったかもしれない。


『ジロー様、みんなすごい怒ってるよ』

『う、試合が終わるまで待てばよかった……』


 しかし、子どもたちの注目が俺に集まったのは幸いだ。

 信用はマイナスどころか地の底にあるかもしれないが、動かなければ!


「えーっと……ちょっと聞いて欲しい。僕は皆に協力してほしいんだ!」


「…………!(チッ!)」


  人差し指と中指を立ててそろえ、首の前をかするように振った。

 首を指で切るような仕草だ。

 雰囲気的に……「は? やっちまうぞ」かな。

 ちょ、怖い! しかしここでひるんではいけない。ウォォ!


「これは僕の創造魔法で出せる道具なんだけど、ちょっと見て!」


 俺は箱を開けて中身を子どもたちに見せる。

 当然、中は空っぽだ。

 子どもたちはそれを見て、首を傾げるもの。あくびをするもの。

 興味なさげに持ち場にもどろうとする子まで出てきた。


 う、つらい……。

 営業マンってこんな感じなのかな。

 負けるな俺!


「ほら、空っぽでしょ? でも……」


 俺はそう言って「三等娯楽食」の箱についている赤いボタンを押す。

 するとフタに付いているリールが楽しげな音を出してまわり始めた。


<ティロロロロロロ!>


「そして、この絵柄をそろえると……あら不思議!!」


<パパーン♪>


「ほら、この通り、見たこともないごちそうが中から出てきます!!」


 俺は全身全霊の目押しでハンバーガーを選んだ。

 ハンバーガーは子どもに対して効果ばつぐん、特効効果があるはずっ!


「…………!!(ガタッ!)」


「さ、食べてみて。幻なんかじゃないし、毒なんか入ってないよ」


 俺は少女の鼻先にハンバーガーをつきだした。

 彼女はうっとなり、香ばしいお肉の香りによだれを飲み込んだ。


 よし、もう一押し。

 俺はハンバーガーを半分にちぎり、自分で食べてみた。

 うん、おいしい。


「さ、どうかな?」


 少女は考え込んでいたが、ついにパンズと肉の誘惑に負けて手を出した。

 大きく口を開けてかぶりつくと、その表情がぱっと明るくなる。


「…………!!(かみっ!)」


 子どもたちの間に、困惑と動揺が広がっているのが分かる。

 よし、ここが攻めどきにちがいない。


「君たちが今見たものは、僕の創造魔法だ。つまりはスキル。だけどスキルを成長させるには、スキルを使わないといけない……これはいいかな?」


「「…………!(こくこく)」」


「つまり、たくさんの食べ物を出すことになるんだ。そして、食べてもらわないといけない。これにはたくさんの人の協力がいる……君たちの協力がいるんだ」


「「…………!!(おぉっ!)」」


「でも、この協力は、大人たちじゃダメなんだ。大人たちは欲張りで、僕を捕まえてずっとご飯を出させようとするだろう。だから君たちのような素直でいい子たちだけに協力してもらいたいんだ」


「「「…………!!!!(ぶんぶん!!!!)」」」


 僕を見る子供たちは、頭を激しくタテに振っている。

 どうやら完全にその気になってくれたようだ。


 タダで渡すから子どもたちに怪しまれる。

 なら、それがただじゃないことを強調すれば良い。

 俺の作戦は当たったようだ。よかった……。


「もし君たちが僕に協力してくれるというなら、今日の夜、ココに集まって欲しい。大人たちにはヒミツだよ?」


 俺はそういって、子どもたちに集合場所と予定を教えた。

 スラムの一角に集まり、そしてトンネルを通じて地下レストランに送り届ける。

 この偉大な計画は、子どもたちに期待と空腹をもって受け止められたようだ。


<ぐぅ~!>


「ゴメン……お腹が減ってるのは分かるけど、まだその時じゃないんだ」


「…………!(くわっ!)」


 お腹をすかせた様子の子が、両手で大きなさかづきをつくる。

 うん、これはわかる。「いっぱい用意しろ」だな。


「もちろんだよ。いっぱいつくって待ってるからね」


 俺がそう答えると、グラウンドの子どもたちの表情が明るくなる。

 たくさんの笑顔を見ると、ちょっとうれしくなってしまった。


 短髪の少女はニカッと笑って、チョキの形にした手を出す。

 そしてチョキを閉じたり開いたりしたかとおもうと、もう片方の手で包みこんだ。

 えーとこれは……?


『ジロー様、これは「いいぜ! 俺達が協力してやるよ!」だよ』

『おぉ! ありがとうマリア。そっか、よかった……』

『うん。なんだかみんな乗り気みたい。やったね!!』


「よろしくね!」

「「…………!(こくこく)」」


 ふぅ。なんとか子どもたちに信用してもらえたようだ。

 あとは夜を待つだけだ……。なにごとも起きないと良いけど。



◆◇◆



※作者コメント※

ベースサッカーを実際にやっても面白いかなとおもったけど

尺の関係で別の機会にゆずることにしました。そのうち具体的なルールを考えてFallout4のスワッター(111のパパ版)みたいな感じでやってみたい。

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