ゴースト退治

 俺とマリアは夕方になる前に町外れの墓場にたどりついた。

 すでに日没が忍び寄っており、墓石が作る影はその色を濃くしている。


 墓場はツタのからみついた古い鉄の柵に囲まれている。

 柵の鉄の棒は太く頑丈で、牢屋のようにもみえた。


 墓場の入口をみると、4人の男女がそこに突っ立って、何かを怒鳴りあっていた。


 彼らの服は上等で、毛皮の帽子を被っている。

 墓場に来たにしては身なりがよく、服の色も鮮やかだ。


 俺は異世界の葬式のことは知らない。

 それでも彼らが死者に敬意を示しているようには見えなかった。


『マリア、あの人たち、サイゾウさんのメモにあった依頼人みたいだ』


『なんであんなところにいるんだろ?』


『わからない。でも好都合だ。墓場で何があったか聞いてみよう』


 俺はマリアを連れて彼らのもとに行く。

 すると彼らは横に広がって、こちらをにらみつけた。

 あまり友達を作りたがるタイプじゃないようだ。


「すみません、依頼で来ました」


「依頼だって?」


「墓場にゴーストが出たとか、その退治を依頼されたんですよね?」


「……子供じゃないか。ルドルフ、冒険者ギルドにいくら払ったんだ?」


「あなた、もしかして依頼金を自分のサイフに入れたんじゃないでしょうね!!」


「エレナ、もう1回言ったらその鼻をへし折るぞ。全員から集めた銀20枚、きっかり預けてきた! 疑うならギルドから貰った証文だってある。見るか?」


「クソッ、親父から前借りした小遣いなんだぞ? 無駄になったらどうする!」


「諸君、落ち着きたまえ。幼き冒険者が戸惑とまどっているではないか」


「マーカス、しかしこれはクレームを入れたほうが良いんじゃないか?」


「キース……すこし黙っていてくれ。エレナもだ」


 キンキン声の女性がエレナ。

 荒っぽい男がルドルフ。

 神経質そうな男がキース。

 で、リーダー格がマーカスか。


 サイゾウさんからもらった人像描きのとおりだ。

 関係者が全員ここに集まっているのか。


「彼が持っているノートにはギルドの紋章がついている。間違いなく正式に依頼を受けてやってきた冒険者だ。敬意をはらうのが道理というものだ」


「ありがとうございます、マーカスさん」


「礼には及ばない。さっそく仕事に取りかかってくれたまえ」


「そうだ、ちゃっちゃと片付けてくれや!」


・・・


『ジロー様、この人たちからゴーストの話をちゃんと聞いたほうが良い』


『うん、マリアの言うとおりだ。彼らがどうして集まっているのかがわからない。墓場でゴーストを見かけただけなら放っておいても良いはずだ』


『この中の誰かが、現れたゴーストと関係あるかも』

『そうか……いくつか質問をぶつけてみよう』


・・・


「どうした?」


「怖気づいたんじゃないか。家に帰ってパンツを替えてくるか?」


「ルドルフ!」


「依頼に関係する質問があります。マーカスさんたちはなぜこの墓場に残っているんですか。この墓場でまだやりたいことでも?」


「ふむ……学説の検証だ」


「学説?」


「シルニア大学で新しく立てられた学説によると、ゴーストは墓を破壊すると消失するというのだ。その説の実証のため、私たちはここにいる」


「だれがそんな説を?」


「もちろん私だ!」


『あ、これはダメそう』


『この人たち、お墓を壊したのかな? だからゴーストが怒って出てきたのかも』


『じゃあ、悪いのはこの人たちじゃん……』


「なんで墓を破壊するようなことを? お墓参りしにきた遺族の方が困ってしまうじゃないですか」


「君に言われなくとも、それくらいのことは私も分かっている。私達が破壊したのは、誰にも管理されていない無縁墓地や、無名兵士の墓だけだ」


『『…………』』


 絶句とはこのことだ。

 なんちゅうことしとるんじゃこのアホは!!!

 そりゃゴーストも出るわ!


「なぜそんなことをしたんです!」


「なぜだと? これは有意義な研究だ。死人をいつまでも墓に入れていたら、そのうち地上は墓であふれてしまう!」


「それはそうかもしれませんが……何も無名兵士の墓まで」


「この国のために戦った兵士といえど、それは何十年も前の話だ。なぜ生者が死人に住む場所をゆずらなければならない。非文明的で非効率的だ」


「…………。」


「話を戻そう。墓を破壊した以上、ゴーストは現れないはず。つまり、論理的に考えて墓守が死霊術ネクロマンシーを使用した可能性が非常に高い。」


『『やったのはおまえじゃい!!!』』


「君たちにはこの墓地をうろつくゴーストを退治してほしい。我々が研究を続けるためにもな。」


『ジロー様、ゴーストの数を聞いたほうが良いかも』

『そうだね……いや、聞いても素直に答える気がしないな。ここは――』


「マーカスさん。後学のために破壊した墓の数を教えて下さい。それと場所も」


「ふむ、よかろう。君も研究に興味があるのだな」


 マーカスは俺が貰った墓場の地図に印をつけていく。

 その数なんと10箇所を超えていた。

 おいおい、いくらなんでもやりすぎだろコイツ。


「あー……はいはい、とても研究熱心ですね」


「うむ。自説の立証のためには多くの試行数が必要だからな。これでも不十分だ。もっと墓やほこらを破壊して行く必要がある」


 もうやらんで良い!!

 頼むから大人しくしていてくれ!!


「それじゃ、退治にいってきます」


「たった2人で大丈夫か?」


「はい。僕の後ろにいる彼女は聖騎士ですので、ゴーストが相手なら問題ないです」


「古きもの同士というわけか。死霊術師ネクロマンサーの相手にはちょうど良いな」


・・・


『なーんか引っかかる言いかただなぁ……』

『気にしないで行こ。あいつらの話聞いてると頭いたくなっちゃう』

『うん、いこうマリア』


・・・


 俺たちは学生たちが破壊した墓のある場所に向かうことにした。


 学生たちの間を通り抜け、俺たちは墓地に入った。

 道すがらに見える墓石はこけむし、長い年月を感じさせる。

 だいぶ年季の入った墓地のようだ。


 思った以上に墓地の中は視界が悪い。

 背の高い墓石と太い幹をした木のせいだ。


 踏みだすたび、足元に冷たい空気がまとわりつく。

 しかしその寒気とは別に、何ともいえない背筋が凍るような感覚がおそってきた。

 ここはただの墓場ではない。まちがいなく何かが潜んでいる。


『マリア、何か感じる?』


『うん。ゴーストがいるのは間違いないと思う』


 まず俺たちは無縁墓地についたが、どうにも様子がおかしい。

 というのも、墓が壊されていないのだ。


 周囲を観察すると、地面には墓石の破片が転がっている。

 墓石もハンマーで殴られたような傷があり、痛々しいヒビや欠けがあった。


 が、どの墓石もちゃんと地面に立っている。

 いちどは倒されたが、誰かがもとあったように修復したようだ。


『墓が直されてる。もしかして墓守さんが直したのかな?』


『かも? ジロー様、ここにはゴーストの気配はないよ。でも……』


『どうしたの?』


『空気に怒りが混じってる。みんな怒ってる』


『だろうなぁ……』


『きっとあの人たちのせい』


『でも姿を表さないんじゃどうしようもないな。あとは無名兵士の墓――ッ?!』


 調べていた墓から立ち上がった瞬間、強い光で目がくらんだ。

 何者かがランタンの光を俺とマリアに浴びせかけたのだ。


「お前たち、そこで何をしている!!」


「――ッ!?」



◆◇◆




※作者コメント※

墓場の学生≒デスノボリ建築士

もう助からないぞ☆

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