2匹の子猫
「ハッハッッハ、大漁大漁!」
サメのせいでちょっと生臭くなった戦車から降りてきたリリーは、網を引いて戦車から獲物をおろす。
網のなかにはサメハウンドを始めとしたキメラが入っていた。
ウサギ、カメ、ブタ、中には本当に良くわからないものも入っている。
ジャークシャークの創造性にはうんざりするな。
「ジャークシャークを倒した後、リリーさんはヤツの後始末に行ってたんですね。ボスを倒したといっても、他のキメラが野放しだとたしかに不味いですからね」
「うむ。貴公がサメ男を倒してくれて助かったぞ」
「へ?」
「む、ちがうのか? てっきり貴公がジャークシャークを討滅したのかと思ったのだが……。私は誓約をしたために、屋敷から出られなかったからな」
「誓約のため? どういうことです?」
「うむ。私がした誓約は『この館に潜みし悪を討ち果たすまで、何者も門をくぐることを許さじ』というものだった。覚えているか?」
「ああ、そういえば……。ん、潜みし悪って――」
「そうだ。この『潜みし悪』はジャークシャークのみを指していない。ゆえに誓約は屋敷のキメラを全て討ち果たすまで我を外に出さぬと判断してしまったのだ。」
「えぇ、そんなバカな?!」
「いや、バカだったのは私のほうだ。誓約の条件でジャークシャークを指すなら、『この館に潜みし悪の主』とするべきだった。完全に私のミスだ」
「そんなのムチャクチャじゃないですか。ちょっとした言い回しのちがいで館に閉じ込められるなんて……」
「勢いで口ずさんだ『門』というのも良くなかったな。ジャークシャークが地下研究所に開けた穴から外に出ていくのも許してしまった」
「……誓約って、厳しいんだか緩いんだかわかりませんね」
「うむ。君たちが地下水脈に流れ出て行った後、穴は自壊して完全にふさがってしまっていた。一人取り残された私は、ひとまず小窓をぶち割って、そこから入ってくるキメラを流れ作業でぶちのめしていた」
「通行不能なのは門だけだから、窓はセーフと……ただのトンチじゃないですか」
「しかし、屋敷から逃げたジャークシャークだけはどうしようもなかった。このまま屋敷をもらい受けるのもアリかなと思ったところ、ふと門の光が消えたのでな。もしやとおもって、チープインパクトを駆ってここに駆けつけたという次第だ」
「どうやって戦車を動かしたんですか?」
「中にあった説明書を読んだ」
「あっはい」
『しかしなるほどなぁ……。誓約騎士が姿を消した理由が何となくわかるね』
『うん。すっごく難しいみたい、かな』
『リリーさんの誓約はたしかに強力だけど、めちゃくちゃ扱いにくいんだ』
誓約という存在を一言で表すとこうだ。
誓約騎士は誓い、自らが課した言行で自分の動きがとれなくなり、苦しむ。
さながら、自分で編み込んだ
今回はたまたま僕たちの――
いや、僕たちはジャークシャークを倒してない……。
倒したのはリリーさん本人のはずだ。
ん、それっておかしくない????
リリーさんは館から出られなかった。
じゃあ、湖畔でジャークシャークを倒したリリーさんは誰だったんだ……?
『あれ、ジロー様……ジャークシャークはリリーさんがたおしたんだよね?』
『うん。僕もいま気づいた。リリーさんが館に閉じ込められていたなら、ジャークシャークを湖の岸で倒せるはずがない。彼女が閉じ込められている理由はほかでもない。奴が外にいるせいなんだから』
『ジロー様が見たのは、本当にリリーさんだったの?』
『うん。彼女が来ているあの奇抜な鎧を見間違えるはずがない。どうみてもリリーさんだった……いや、まてよ?』
『どうしたの?』
『……ジャークシャークと戦ったリリーさんは、片目をつむってたんだ。』
あのとき、リリーさんは兜の下で右の目をつむっていた。
もしかしてと思うが……。
『マリア、ドラゴンさんの目はどっちがなくなってた?』
『えっとたしか……向かって左だったから、右の目?』
『じゃぁ……あのリリーさんは、マリアが出会ったドラゴンだったのかな?』
『なのかな……ドラゴンさん、本当に助けてくれたんだ』
『でもどうしてだろう? 僕たちにドラゴンと関係なんか……』
思いを巡らしていると、店の中から威勢の良い男の声が飛んできた。
アイザックさんだ。
彼は俺たちのいる窓とは別の窓から首をだすと、リリーに対して文句を言った。
「おいおい、店の前にこんなもん止めるんじゃないよ! ただでさえ少ない客がみんな逃げちまうよ。さっさとどけてくれ!」
「これはかたじけない。騎士の馬や武器を見ると、民が『すわ戦か』と、不安になるのを忘れていた。すまぬ店主、人目につかぬところにどけてくる」
「そうだが、そうじゃないんだよなぁ……」
リリーは店主のボヤキを聞いてか聞かずか、戦車のエンジンを回してキャンプ場のはしっこにチープインパクトを置きにいった。ほんとムチャクチャだな。
俺とアイザックさんは共にお手上げのポーズをとり、目を見合わせた。
そこでふと気づいたが、彼の眼帯も右にある。
いやでも――そんな。まさか、ね……。
「アイザックさん。つかぬことをお聞きするんですが」
「なんだ?」
「偉大な存在が、ちっぽけで弱い存在に助けを与える時ってどんな時です?」
「足元で2匹の子猫が寒さに凍えていたら、フツーは家に上げるだろう。
――すくなくとも、心がありゃな」
「なるほど?」
「ま、おれにとっちゃ商売のジャマにならなきゃどうでもいい。厄介事はゴメンだ」
そういってアイザックさんは湖に面した窓を閉じた。
俺もそれに習って、窓を閉じる。
窓枠に手を賭けるとき、湖が目に入った。
湖面は穏やかな風になでられ、キラキラと微笑んでいた。
※作者コメント※
サイドクエストはこれにて終了。次話からメインクエストに戻ります。
すっかり忘れられている、王女と転移者たちの動きやいかに……。
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