森の暴威

 先に動きがあったのは、戦車の砲口が向いている森の方からだった。


 戦車が相対している森は、湖の周りにある森よりもさらに樹勢豊かだ。

 地面は木々によって完全に覆い隠されている。

 そのため、上空からの視点では森の様子を正確に窺い知ることは出来ない。

 しかし、何か巨大なモノが動いているのはわかった。


 真っ暗な森の中で木々が身をよじり、その間を何かが動いている。

 枝ぶりから察するに、幹の太さは戦車の砲塔くらいあるだろう。

 それを押し退けるなんて、いったいどんなモンスターだ?


『見てジロー様、銃士たちが動き出した!』


『……始まるな』


 戦車の後ろで団子になっていた銃士たちが銃を森に向ける。


 しかし、彼らの決意は戦う前から揺らいでいるようだ。戦列というにはあまりにもまとまりがなく、じりじりと後ろに下がっているものまでいた。


 ヤツらは何を相手にしているんだ?

 そう思って森を見た瞬間、森の木々が爆発したように見えた。


 戦車が発砲したのかとおもったが、発砲の光や煙はない。

 森から飛び出した「それ」が木々を押しのけたのがそう見えたのだ。


 姿を現わしたのは、雄大な角を持った牡鹿、クマ、といった動物たちだった。

 大きさは戦車と同じか、それ以上に大きなものもいる。


 しかし、よくよく見てみるとそれは動物ではなかった。動物の体はこけむした古木こぼくで出来ていて、体の節々には金色に輝く琥珀こはくが見える。木々が動物たちの形を取って動き出しているのか?


『あれってまさか……シュラウト?!』


『シュラウト? マリアはあれを知ってるの?』


『うん。シュラウトは古い森に住む巨大な精霊たちなの。森の奥にいて、めったに人前に姿を現すことは無いはずなんだけど……』


『ぱっと見ただけでも、10,20,いや……もっといるよ』


『だから変、かな。シュラウトはみだりに人間を襲ったりしない。木こりが森の木を切らずに倒木を拾い、狩人が獣たちの初子に矢を向けたりしなければ、人が森に入っても見て見ぬふりをするの。きっと精霊を挑発するために森を襲ったのかも』


 なるほど。森の入口あたりには無数の切り株が見える。

 あれでシュラウトを引き寄せたのか。


『そうか……。モンスター不足でレベル上げのための獲物が足らない。だから王国の奴らは、人間に対して敵対的じゃない中立のモンスターまで手を出したのか』


 横一列に並んでいる戦車隊に向かって、シュラウトが突進を始めた。

 戦車の数は10両ほど。シュラウトの数はその倍はありそうだ。

 数の上では森の精霊たちが上回っている。しかし――


<パゥッ!>


 戦車の砲炎で、閃光で森が真昼のように照らされた。


 刹那、シュラウトの間でいくつもの爆発が起きた。そのずっと後ろの森の中でも爆炎が見える。流れ弾が森の中に着弾したのだろう。


 いくら巨大なモンスターといえど、現代兵器の火力をマトモに食らってはひとたまりもない。牡鹿おじかの形をしたシュラウトは角の片方を失って、胴体の半分も吹き飛ばされ、琥珀こはくの心臓をあらわにしていた。


 しかし、森の精霊は半身を失いながらもくじける様子はない。

 それどころか、なおも決意を新たにしたようだ。


 琥珀の心臓がいっそう強く輝き、蹄が地面を強く蹴る。


『すごい……あれだけの傷を受けたのに、まだやる気なのか』


 砲撃を受けたことで突進の列が乱れたが、シュラウトの勢いは止まらない。

 戦車はともかく、地上にいる無防備な兵士たちは完全に逃げ腰だ。


 これなら精霊たちにも勝機があるかもしれない。そう思った瞬間だった。

 猛進するシュラウトたちが、前触れもなく爆炎に包まれた。


 つぎつぎと森の精霊たちが爆発していく。

 だが、戦車が大砲を撃った様子はない。地面に体を横たえたシュラウトを見ると、みんな足の先が吹き飛んでいる。ということは――


『そうか、地雷か!』


『ジライ?』


『現代兵器だよ。地面に埋めておくと、誰かがその上を通った時に爆発するんだ。今みたいな、相手を待ち伏せする戦いによく使われるんだ』


『じゃあ、シュラウトたちは最初から……』


『あぁ、勝ち目なんて無かったんだ』


 王国の銃士たちは精霊を呼び寄せる前に殺し間キルゾーンを作っていたのだ。


 爆発の威力を見るに、待ち伏せに使われたのは対戦車用の地雷だろう。


 いくらシュラウトの木の肌が槍や剣を通さないと言っても、鋼鉄の塊を相手にする現代の兵器を使われては分が悪い。シュラウトたちの勢いは、完全に止まっていた。


 足を吹き飛ばされ、その身を炎にがす精霊たち。

 戦車の後ろで隠れていた銃士たちは、その姿を見て勝どきをあげていた。

 もう完全に勝ったと思っているようだ。


『マリア、シュラウトが死ぬと、あの森はどうなるんだい?』


『精霊がいなくなった森はどんどん弱っていく、かな。この辺りの森が元気なのは、あの精霊たちのおかげ。ジロー様、王都の南のほうにある森を見て』


『うん?』


 俺はマリアに言われたように、地図をスワイプして王都の南に視点を移す。

 すると俺は、その一帯の惨状に息をまずにはいられなかった。


『森が……真っ赤だ』


 王都の南には森があったが、その全てが赤茶けた色に染まっている。

 木々は葉を失い、地面には無数の枯れ枝が散乱しており、生き物の気配はない。


『うん。王都の周りでは、木が枯れて大地が腐ってるの』


『王都の工場のせいだな。もしかして、湖の周りの森がこうなってないのって……』


『シュラウトたちのおかげだとおもう……かな』


 そういえば、妙だとは思ってた。王都から歩いて数時間とはいえ、この辺りには汚染の影響がまるでなかった。これはどう考えてもおかしい。


 俺の住んでいた元の世界では、汚染はとても広い範囲に広がっていくのが常だった。排気ガスや工場からの煙なんかが海をこえた大陸の向こうから飛んできたとか、そういうニュースはちょくちょく耳にした。


 ここに汚染が到達していないはずはない。

 しかし、この異世界は、基本何でもありだ。工場の汚染を浄化するモンスターがいてもおかしくない。シュラウトがそれなんだろう。


 だとすると、彼らが死んだらこの辺りはどうなるんだ?

 きっと、王都一帯のように枯れ果ててしまうのでは……。


『みて、ジロー様!』


『……ッ!!』


 戦場に視点を戻すと、今まさにシュラウトがとどめを刺されるところだった。


 手にツルハシとスコップを持った連中が精霊たちの体に登り上がり、その琥珀の心臓をぎ取ろうとしている。


 おそらくだが、琥珀を剥ぎ取られると、シュラウトは死んでしまうのだろう。


 しかし、心臓を剥ぎ取ろうとしている者たちは銃士ではない。

 俺と同じような現代の服を着た、転移者たちだった。


『そうか、転移者のレベル上げのために、モンスターを狩っていたのか。戦車も地雷もこのためのお膳立てだったんだ』


『ひどい……』


 金髪の若い男は、何度もツルハシを琥珀の心臓に振り下ろす。

 するどい切っ先が琥珀をけずるたび、心臓は光り輝く。

 俺にはそれが、シュラウトの叫びのように見えた。


『……ヘルメット、聞いてるなら答えてくれ。衛星砲は撃てるか?』


肯定ポジティブ:1番機、2番機、3番機、サテライトキャノン、オンライン。』


 淡白で中性的な声が答え、衛星のチャージ状況を俺の視界に表示した。

 視界の左上に、衛星のアイコンとそれに続く白いゲージが並ぶ。


 打ち上げからすでに数日経っている1番機と2番機はもちろん、この視界を提供してくれている3番機も発砲の用意ができているようだ。


 だが、これを撃つということは……。

 俺は、自分の意志でモンスターのものを撃つことになる。


 以前の戦いでは、向こうが先に銃口を向けてきた。

 だが、今回は違う。あちらは全くの無防備だ。こちらを認識すらしていない。


 こちらから一方的に攻撃を加えることになる。

 だけど……止められるのは俺だけだ。やるしかない。


『眼下の戦車隊を撃ってくれ。細かいやり方は任せる』


『了解:オール・ウェポンズ・フリー。射撃を開始します。』



◆◇◆



※作者コメント※

力には力をぶつけんだよ!!!

ウォォ!


シュラウトの元ネタはドイツ地方に伝わるSchratという森に住む悪魔≒精霊です。

ウィッチャー3に出てきたレーシェンのさらにごっつい版みたいなヤツ。


そういえば、リリーが屋台を開いた時、そこらへんのウサちゃんとか鳥を捕まえて串焼き作ってたはずなのに、ヘルメットからはとくに汚染の警告が無かった……。

あれは伏線で、作者の書き忘れではなかったのか…!!(

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