スラムの虐殺者


『ダメだ。どっちかを見捨てるなんて俺には出来ない。子どもたちもランスロットさんも助ける。そうじゃないと……絶対に後悔する』


『…………ジロー様?』


『――マリア、子どもたちをお願い。僕はランスロットさんを助けに行く』


『そんな、ダメだよジロー様!! おじさんは地上に上がっちゃダメって……!』


『でもランスロットさんは、自分のことを助けるなとは言ってないだろ? マリアは子供たちを連れて別のスラムに行くんだ。大丈夫、あとで必ず追いつくから』


『どうしてなの? おじさんは……』


『マリア、ランスロットさんだけじゃない。地上ではきっとたくさんの人がケガをしてる。その中には、ここにいる子どもたちのお父さんやお母さんもいる。僕が行けば、創造魔法で出した道具で助けられるかも』


『……で、でも!』


『大丈夫、ちゃんと道具も渡していくから。セントリーガンを持っていって』


『そうじゃない、そうじゃないの!』


 マリアは目のはしに涙を浮かべて訴える。

 こんなこと、初めてだった僕は意表をつかれて言葉を失ってしまった。


『お父さんも必ず後で来るっていって、そう言って帰ってこなかった。わたし、ずっと待ったけど……お父さん、来なかった。……ジロー様はちがうよね?』


『うん、必ず君に会いに行く』


 俺はマリアの頬をぷにっとつねって笑った。


『さ、いつもの顔にもどって。みんなが何が心配しちゃう。お姉さんだろ?』


『……うん!』


「みんな! ちょっと困ったことが起きたみたいだ。僕の魔法で分かったんだけど、ずるい大人たちにココのことがバレたらしいんだ!!」


「「…………!?(ガタタッ!)」」


「落ち着いて、大人たちは、あのケーキのために僕を奪おうとしてる。ここは二手にわかれて逃げよう。マリアが君たちを安全な場所まで誘導する。ちゃんと彼女のいうことを聞いて、ついて行けるかい?」


「「…………!(こくこく)」」


「ありがとう。そうだ! これはちょっとした気持ちだよ。トンネルを行きながら、みんなで分けて食べてね」


「「…………!(ぱぁっ!)」」


 俺はクリエイト・フードを使い、「強化栄養食」を子どもたちに渡した。

 どれだけ助けになるかわからないけど、これを食べれば力が底上げされるはず。

 おまじない程度だけど、ないよりはマシなはずだ。


『マリア、セントリーガンも置いていくね。4つもあればいいかな』


『うん、ありがとうジロー様』


 俺は金属製のアタッシュケースにしか見えないセントリーガンを床に並べた。


 今日はメチャクチャ創造魔法を使っているけど、ぜんぜん平気だな。

 あの「D級戦闘英雄食」を食べてからというもの、すこぶる調子がいい。


 甘いものを食べて疲れが取れたせいかな?

 それか緊張と興奮のせいでわからなくなってるのかもな。


「君、この荷物を持ってもらえるかな? トンネルを通るのに使うものなんだ」


「…………!(こくり)」


 俺はマリアが持てないぶんのセントリーガンを、短い髪の女の子に持ってもらう。

 そして、セントリーガンの注意点を子どもたちにもわかるよう説明した。


「これは魔法のカバンなんだ。取手のスイッチを押すと、こんな感じに開く」


<ガシャシャン!>


 子どもたちは初めて見る「魔法のカバン」の挙動に目を丸くしていた。

 俺はかまわず説明を続ける。


「このカバンが開いたら、カバンの前には絶対に立たないようにするんだ。ガンが仕込まれてるからね。あと、カバンが走りだしたら反対側に逃げるように」


「…………?(かしげっ)」


「このカバンには炎の魔法がかけられていて、弾を打ちつくしたら敵に向かって走っていって爆発するんだ」


「…………!!(ぎょっ)」


 子どもたちは俺のことを「何でそんなことを?」みたいな目で見ている。

 しょうがないでしょ!

 そういう風に作られてるんだから!


『それじゃ、行ってくるよマリア。また後で』


『…………うん、またね!』



◆◇◆



 普段であれば、スラムの夜は暗い。

 煤煙ばいえんが立ち込めた空は、星や月の明かりを隠す。そのため、街灯のないスラムの夜は、空と地面の境目も溶け込むほどに闇が深くなる。


 しかし、今はちがう。

 立ち上るオレンジ色の炎が空を焦がし、スラムを照らしあげていた。


「次はここだ、やれ!!」


 青色の軍服を着た男たちは、手に持った松明を号令とともに投げる。

 炎をたなびかせ、松明は掘っ立て小屋の屋根に乗った。 

 屋根はたちまちに白煙を上げ、炎がなめまわすように小屋を包みこんだ。


「さぁ、いつまで我慢できるかな……?」


「10だな」「20はいけるだろ。ここのやつは叩き上げの将校だ」


「8……9……10」


「ゲッホ! ゲホ!」


「10だ。」

「クソッ! 負けた」


「…………!!」


 燃え上がる小屋から、煙に巻かれた老人が出てきた。


 古老は家を囲む軍人たちを認めると、地面にひざをつく。

 最初は哀れみを求めているようにも見えた。

 だが、男たちをしげしげと見ると、老人の瞳は怒りに染まった。


「ハッ、どうやらコイツ、気づいたみたいだな」


「おやおや……さすがは元軍人か。直感みたいなもんがあるのかね」


「…………!!!!」


 老人は男たちに向かって怒りをあらわにする。

 だが男たちは手に持っていた銃の銃床で、したたかに老人の顔を打った。


「チッ、国を守ることもせず、家畜に落ちたブタが……!」


「ブタのマネをしてみろ。命だけは助けてやっても良いぞ」


 アサルトライフルの銃口を向け、男たちは老人をあざわらった。

 額から流れ出た血で顔の半分を赤く染めた老人は、彼らに向き直る。

 そして、彼は銃身を掴むと、自らの胸に押し当てた。


「こ、こいつ……!」


 老人は銃身をつかみ、彫像のように動かない。

 男が銃を引こうとしても、まるでびくともしなかった。


「…………。」


「いっちょまえに愛国者の顔しやがって……クソが!」


「撃て!!」


 銃を掴まれた男の横にいた、軍帽を被った男がどなる。

 しかし、引き金は引かれない。

 男の頬はふるえ、こめかみには汗が浮かんでいた。


「どうした、撃て!!」


「ウォォ!!!!」


 男は己を奮い立たせるためにか、それとも銃声をかき消そうとしたのか。

 喉が切れんばかりに気迫のこもった声をあげる。そして――


<タタタン!>


 乾いた破裂音が夜のしじまに連なる。

 血しぶきが男の顔をよごし、銃が赤黒い何かにおおわれた。


「ハァ、ハァ……!」


 引き金を引いた男は、呪縛を解かれたかのように銃を下ろした。

 彼の足元には、胸を銃弾に貫かれた老人が仰向けになって倒れている。

 暗い天を見る老人の瞳には、星のない空が映っていた。


「……よし、ここはもう良いだろう。次に行くぞ」


「次って、まだあるのか?」


「あぁ、次は王国のヤツだ」


「王国の? 俺達は王国の銃士の格好をしてるんだぜ?」


「でも、アインたっての頼みなんだ。やらないわけには行かない」


「そいつは何者なんだ?」


「今はただのジジイだが、元騎士団の団長らしい。ここ以外のスラムでも尊敬されてて、けっこうな影響力があるそうだ。だから絶対に消したいんだと」


「へぇ名前は?」


「えっーと……あぁ、思い出した。――ランスロットだ。」



◆◇◆




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る