不自由な選択

 トンネルの土の壁を通して、銃声と爆発音のようなものが聞こえる。

 いったい地上で何が起きているんだ?


『マリア、銃声……それと爆発の音だ。上で戦いが始まってるみたいだ』


『もしかして……アイン?』


『そうかもしれない。クソッ、あいつは何を考えてるんだ!』


 こんな状況は想像してなかった。

 どうすれば……そうだ、ランスロットさんに連絡を取ろう。

 俺はハーモナイザーをつかって、彼に話しかけてみた。


『ランスロットさん、聞こえますか? 地上で何が起きてるんですか!』


『ジロー殿、ご無事でしたか!』


『こっちはなんともないです。ただ、土の壁ごしに銃声が聞こえて……』


『トンネルから出ないように。子どもたちも外に出さないように見守ってください』


『待ってください、何が起きているのか説明してください!』

『ランスロットおじさん、何がおきたの?』


『……王国銃士の格好をした者たちが人々に向けて銃を撃ち、スラムの家に火を放っているそうです』


『――なっ! 王国が?』

『ウソ、そんなことって……』


『待ってくださいランスロットさん。王国がスラムを攻撃する理由なんてないはずだ。スラムの人々がエーテル回収に抵抗して、問題になってるわけでもない』


『その通りです。彼らがスラムを攻撃する理由はありません』


『ジロー様、もしかして……アインが?』


 マリアが天井を見上げ、不安そうに言う。

 しばし沈黙がつづいたが、ランスロットさんが再び口を開いた。


『私もそう思います。彼はかねてより反乱を起こす機会を狙っていました。しかし、彼らが立ち上がったとしても、スラムの人々は協力しないでしょう』


『当たり前です。ここは王都……敵のど真ん中で戦いを挑むようなものだ』


『ジロー殿のおっしゃるとおりです。辺境のキャンプならともかく、軍が整備され、防衛の準備が整った王都で反乱を起こす意味はありません。――普通なら』


『じゃあ、アインの目的は普通じゃない? それって……』


『彼は他のスラムに対して狼煙のろしをあげるつもりなのでしょう。』


狼煙のろし?』


『ジロー殿。スラムの人々が奴隷としての生活に抵抗しないのは、今の生活が続くと信じているからです。波風を立てなければ、ずっと奴隷でいられる』


『ずっと奴隷として、エーテルを回収されることを望む人がいるんですか?』


『その通りです。それを望む者も少なくないのですよ。奴隷は「支配される」という特権を持っていますから』


『支配されることが、特権……?』


『王国の自由な民とちがって、奴隷は徴兵の対象外です。戦争で死ぬことはなく、エーテル回収の痛みに耐えてさえいれば、壁の内側で安全に暮らしていけます』


 そうか……奴隷は声が出せないから、兵隊として使うのは無理だ。

 それに、奴隷に銃を渡して戦闘を教えるのも危険すぎる。

 だからスラムの中に押し込めて、死ぬまでエーテルを回収するのか。


『えっとつまり、反乱がなければスラムはこのまま続いていく。安全も約束されている。それがアインが反乱を起こそうとしてもうまくいかない原因になっている』


『その通りです。だから彼はその幻想を打ち砕こうとしている。自分たち奴隷は王国に生殺与奪をにぎられている。それを教えるにはどうするか?』


『王国の銃士の格好をして、スラムを襲う。でも、それって……!』


『――はい。彼らは同じ帝国人を虐殺しています。』


『そんなのムチャクチャだ。王国と戦うために帝国の人を殺すなんて!』

『アイン、どうしちゃったんだろう……』


『ジロー殿、マリア。これから言うことよく聞いて下さい』


 ランスロットさんの声は、普段のやさしい声色とちがって真剣で力強い。

 俺はそれに不安を感じずにはいられなかった。


『ランスロットさん……?』


『密輸人のトンネルは他のスラムにもつながっています。子どもたちをつれて他のスラムへ逃げてください。じきに〝本物〟の王国銃士隊が到着すれば、トンネルは封鎖される。ここから逃げられるのは今だけです。地上にあがってはなりません』


『待って、おじさんはどうするの?!』


『大丈夫ですよマリア。幸か不幸か、私はこういった修羅場には慣れてます』


『ランスロットさん、武器もないのに本気ですか?!』


『何ごとにも、やりようがあるものですよ』


「………。」


 選択肢は2つある。


 まずは、〝子どもたちを連れて別のスラムにいく〟ことだ。


 しかしそうすると、地上で大勢の人々が戦いに巻き込まれて死ぬだろう。

 今ならまだ、俺の「何でも治療薬」で救える人がいるかもしれない。

 それにランスロットさんや、ルネさんとイゾルデさんも心配だ。


 ルネさんとイゾルデさんはともかく、老いて武器もないランスロットさんが無事に惨事を逃げ延びられるだろうか。


 ……わからない。なんとも言えないな。


 もう一つは、〝地上にあがってみんなを助ける〟ことだ。


 しかし、子どもたちは他のスラムまでの正確な道を知らない。

 もし迷子がでたら、声の出せない彼らが迷子を見つける可能性は限りなく低い。

 子どもたちだけで目的地に到達できる見込みは薄いだろう。


 それに、護衛なしで子どもたちだけがトンネルを移動するのは危険すぎる。

 地下にはまだ別の吸血鬼がいる可能性だってあるのだ。


 ……こっちもなんとも言えないな。


 モンスターはいないかもしれないし、いるかもしれない。あのガキ大将をしている短い髪の女の子が、リーダーシップを発揮してうまくたどり着くかもしれない。


 僕は……どうしたらいい?



◆◇◆



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る