スラムの聖人


「ゆっくり食べな。つまらせちゃうぞ」


「…………!」


 少女はひったくるようにトレーをうばうと、ゼリーを口に入れた。

 その瞬間、彼女の顔がぱっと明るくなる。

 まぁ、虚無感のある味とはいえ、甘いは甘いからなぁ。

 子供には嬉しいのだろう。


「どう、おいしい?」


 俺が聞くと、少女はこくこくと頷いた。


 少女は背中までボサボサの赤髪を伸ばしていて、ヒザまですすで汚れている。薄汚れた姿をしているが、彼女の顔は整っていてどこか気品があった。

 

 もしかして、もとはいい所のおじょうさんだったけど、没落ぼつらくしたとか?


 あり得そうだ。


 中世ヨーロッパの世界にいきなり現代技術が持ち込まれたらどうなる?

 当然、職を失ったり財産を失う人が出てくるだろう。


 転移者がもたらした大きすぎる変化。

 彼女とその家族は、変化の犠牲になったのかもしれない。


「足りる? もう一個あげようか?」


 おかわりを聞くと、彼女は目を丸くした。

 そればかりか、視線を宙に泳がせて挙動不審きょどうふしんになっている。

 あ、流石に気前良すぎてあやしまれたかな?


「大丈夫。これスキルだから、いくらでも出せるんだ――クリエイト・フード!」


 俺は『強化栄養食』をもう一つ取り出し、少女に押し付けた。

 彼女は目をパチクリとしているが、俺は気にするなと笑ってみせた。


「…………!」


 少女はトレーの上のゼリーを野生児じみた所作しょさでかきこんでいる。

 俺はそれをみて、妹が小さかったころを思い出していた。


 母がパートで遅くなった時、よく冷蔵庫のありあわせで謎飯をつくったっけ。

 卵だけチャーハン。納豆スパゲティ。

 妹たちは、俺のつくったビミョーな料理でも、こんな感じに食べていた。


 ――あ、そうだ! この国の名前とか地理、あとはレベルとかスキルの成長方法のこと、この子に聞いてみれば良いんじゃないか? 俺よりは詳しいはずだ。


「それを食べ終わったら、教えてほしいことがあるんだけど、いいかな? 実は俺、なんていうのかな……すごい遠くから来た旅人なんだ。だからこの国の話とか、街の周りのこととか聞きたいんだけど……」


 食事をしている少女は困ったような表情をした。

 そういえば、さっきから彼女は言葉による返事を返していない。


「ひょっとしてキミ……しゃべれない?」


 少女はコクコクとうなずいた。

 そうしてトレーにゼリーを残したまま、気まずそうな表情をしている。


 ああそっか。

 俺は取引が目的で、これ以上ゴハンを食べたら怒られる思ってるのか?

 いや、そういうつもりじゃなかったんだけどな……。


「食べていいよ。お腹へってるんだろ?」


 彼女は少しの間ためらっていたが、再びゼリーに手を伸ばした。

 うんうん、子供は食べて遊ぶのが仕事だ。


「もしかしてキミ、この街の煙でのどをやられたの?」


 少女は首を横に振った。

 声を失ったのは、煙とは別の理由らしい。


「困ったなぁ……スキルとかレベルの情報を持っている人がいれば良いんだけど」


「…………!」


 少女は俺の見ている前で、ディストピア飯をすっかり食べ終える。

 すると彼女は、プレートを持ったまま俺の制服のそでを引っぱった。


「おかわり?」


 俺が聞くと、少女は首を横にふる。そして何か思案するような様子を見せたあと、体の前で両手の人差し指をくっつけて、すすすっと右から左に動かした。


 手話だろうか。意味は多分――


「ついてこいって?」

 

 少女はうなずいて路地を指差す。

 どうやら合っているらしい。


 見ず知らずの街で、初対面の人間についていく。

 普通に考えたら危なすぎるが、この子は悪人には見えない。

 決心した俺は、少女に返事を返した。


「わかった、行くよ」


「…………!」


 少女に手を引かれ、路地裏を進んでいく。


 しばらくいくと街の建物はどんどんボロく、ショボくなる。

 そのうち、くずれ落ちそうなバラックだらけになった。

 ここはスラム街だろうか。


 さっきの道は砂利や玉石で舗装ほそうされていたが、ここは土がむき出しだ。

 道には大小の水たまりがあり、なんともいえない異臭がする。


「…………!」


「ここ?」


 少女はある小屋の前で立ち止まった。

 何とも粗末そまつな小屋で、屋根を始め、あらゆるパーツがななめにかたむいている。


 この家、そこそこのプロレスラーなら素手でつぶせるんじゃないかな。

 いくらスラム街でもボロすぎるのでは。


「これが君の家?」


「…………」


 少女は首を横に振った。彼女の家ではないらしい。

 ああそうか、きっとスラムの物知りってところかな?


 僕は家のドアをノックしたが、軽くたたいただけで壁ごとれた。

 なのでノックはそこそこに、そっと扉を開けることにした。


「おじゃまします……」


 入ってみると、家の中はずいぶんスッキリしていた。


 よく片付けられた部屋の中央には小汚いベッドがあり、仙人みたいな長いヒゲをした白髪のおじいさんがベッドの上に横たわっていた。


 おじいさんは入ってきた僕を見て、一瞬ギョッとした。

 しかし、視線を落として少女を目にすると、表情はやわらかいものに変わった。


「マリア……そのお方は?」


「…………!!」


 老人の疑問に対し、少女は必死に身振りをする。


「なるほど、この子が世話になったようですな。君の名は……」


「ジローです。えーと、すごい遠くから来た旅人みたいなものでして」


「――なるほど。ジロー殿は〝転移者〟でしたか」


「えっ、わかるんですか?」


「その服装には見覚えがあります。20年ほど前にも同じものを見ましたので」


「見た? おじいさん、いったい貴方は……?」


「はは、時代に取り残された、ただの骨とう品ですよ。こんな老いぼれのことより、ジロー殿には知りたいことがお有りなのでは?」


「あ……そうです。実は俺、この世界に来たばっかりで。この国のことも、スキルの仕組みも何も知らないんです」


「はて? 転移者となれば国を上げて保護されるはず。脱走したのですか?」


「だ、脱走はしてないです。その……俺のスキルは役に立たないって言われて、今日来たばっかりなのに、追放されちゃったんです。創造魔法っていうスキルなんですけど……」


「なんと?! 創造魔法を持ちながら追放ですと?」


「はい。過去の英雄と同じって、最初はちやほやされたんですけど……。オモチャとゴハンが出せるくらいで、ちゃんとした武器は出せなかったんです。それでゴミスキルって言われて、城から追い出されちゃったんです」


「なるほど……(女狐めぎつねめ。足りることを知らんな)」


「えっと、何か言いましたか?」


「失礼、何でもありません。見ず知らずの世界に放り出されてお困りでしょう」


「はい。それで途方に暮れてたんです。とりあえず創造魔法でゴハンを出して、それを食べてたとき、この子に出会って……」


「…………!」


 マリアと呼ばれた少女はトコトコと部屋に入り、ベッドの横に立つ。

 そして必死に手を動かして、何事かをおじいさんに伝えようとしていた。


 彼女がしている手話の意味はわからない。

 だが、彼女の表情から「助けてあげて」という気持ちが感じ取れた。


「――なるほど。この子がそこまで言うなら、君は悪い人間ではないのでしょう」


「…………!」


「ありがとうマリア。信じてくれて」


「………。」


 俺がお礼をいうと、彼女は赤い前髪を引っ張って顔を隠した。

 ほめられるのは照れくさいらしい。


「それでジロー殿はどうされたいのですかな?」


「俺は元の世界に帰りたいんです。でも、すぐに追放されたせいで、手がかりになる情報が何もなくって……この国だけでなく、この世界のこととか、スキルやレベルのことについても何も知らないんです」


「なるほど。では、ジロー殿は正しい人物の前にいますな」


「?」


「我が名はランスロット。王国の剣である星天せいてん騎士団の団長にして、剣聖と呼ばれた男です。もっとも、いまはただの老いぼれですがな」


「えっ!」


「この国は何で、何が起きたのか? いまからそれをお伝えしましょう――」



◆◇◆




ーーーーーー

※作者コメント※

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