スキルを確かめよう


 追放されたことをなげいても仕方ない。

 気持ちを切り替えていこう。

 

 俺は〝元の世界への帰還〟を目標にする。


 せっかくの異世界なのに、どうして帰るのか。

 理由はふたつある。


 ひとつの目の理由は、うちがクソ貧乏びんぼうだからだ。

 うちは母子家庭で、家には2人の妹がいる。

 家計は母のパート代と、俺のバイト代でかろうじて持っている。

 俺がいなくなると結構ヤバイ。


 それに、片方の妹は高校進学を控えてる。

 俺がいなくなったせいで進学をあきらめるなんて、そんな苦労はさせたくない。

 なので、一刻も早く帰りたい。


 ふたつ目の理由は――

 この異世界、おもった以上にヤバそうだから。


 城下町を歩く俺は、異世界の空を見上げる。

 緑がかった灰色の雲が空を隠し、太陽の姿はほとんど見えない。

 煙突から立ち上る黒煙が、街をおおっているせいだ。


「城下町は工場だらけだ……転移者がやったのかな?」


 壁で囲まれた街の中には、煙突の生えた工場がいくつもある。街の中央にはひときわ大きな大工場があり、無数の煙突を抱えて煙を吐き出している。


 俺にはその光景が、怪獣が街を寝床に横たわって巣にしているように見えた。


「ゲホッ、ゲホ! 空気が悪すぎる……」


 のどを突き刺すような異様な匂いがして、不意に俺はき込んだ。

 肺に油混じりの煙が染み込んでいるのを感じる。


 振り返ると、街路を爆走ばくそうする自動車の後ろ姿が見えた。

 自動車はもうもうと黒煙を上げてどこかへ走り去っていった。


「現代の技術を持ち込んだのは良いけど……これ、環境問題とか考えてないな?」


 自動車までつくってるのはご立派だが、後のことは何も考えてなさそうだ。

 この国、そのうち公害で自滅じめつするんじゃないかなぁ……。


 ま、帰る俺には関係ないけど。

 追放されちゃったしな~?


 頼まれても助けるもんか! ペッ!


「さて、まずは情報収集だ……即日追放で何もわからないまま追い出されたからな」


 速攻で追い出されたせいで、俺は今いる街や王国の名前すら知らない。

 それとスキルなんかの仕組みもまるで不明だ。


「ステータスオープン!」


 司祭のマネをして唱えると、ステータス画面が目の前に開く。

 そこには『ジロー・デガワ レベル1 創造魔法』と書いてあった。


 レベル1かぁ……。


 俺の創造魔法はどうにも頼りない。

 無から有を生み出すのはチートといってもいい。

 でも、出せるのがオモチャじゃなー。


 このスキルの使い道って、商人に売って小遣こづかい稼ぎするくらい?


「あれ? 何か増えてる」


 創造魔法のスキルを押すと、スキルが細かく4つに展開する。

 が、クリエイト・ウェポンの下にさっきまでなかった表示がある。


・クリエイト・ウェポン LV1

 履歴りれき:タキオンランス

・クリエイト・アーマー LV1

・クリエイト・フード  LV1

・クリエイト・ドラッグ LV1


 履歴ってことは、さっき出したオモチャのことかな?

 あのピストルは「タキオンランス」という名前らしい。

 たぶんオモチャの商品名だろう。


「お前、けっこうカッコイイ名前してるのね」


「……」


 ポッケに入っているピストルから返事はない。

 まぁ、当然か。


「創造魔法で一度つくると、メニューに登録されるのかな? 別ので試してみるか」


 俺は人のジャマにならなさそうな場所を探し、そこで別のスキルを使ってみた。

 アーマーは目立ちそうだし……ここはフード、食べ物でいくか。


「クリエイト・フード!」


 俺がスキルを使うと、俺の両手に白いプレートが現れた。

 そのお姿はまさに……!


「これは――ディストピア飯!?」


 無機質なプレートの上には、カラフルなゼリーたちが鎮座ちんざしていた。

 赤や黄色、緑といった毒々どくどくしい色彩が白い大地に咲いている。


 ネットで何度かディストピア飯を再現した写真を見たことがある。

 俺の目の前にあるのは、まさにそれだ。

 まるでうまそうには見えないが、めちゃくちゃ興味をひかれる。

 いったいどんな味なんだ……。


「い、いちおう食べてみるか」


 俺は赤色のゼリーを口にしてみる。

 ……うーむ。

 舌の上では「甘い」と感じる。でもそれ以外は何もない。

 食べ物というより、化学反応って感じ。


「味があるのに虚無感きょむかんがすごい」


 なんとか完食したが、なにか大事なものを失った気がする。

 人権を道に落とした気分だ。


 でも、冷静に考えると、これはこれでアリかもしれない。


 考えてもみよう。この公害モリモリの世界で作られたご飯より、ディストピア飯のほうが何百倍もマシではないだろうか。


 この国は、太陽を隠すほどの大量の煙を吐いている。

 工場からの煙には、有害な物質がふんだんにふくまれている。

 あれが空に上り、雲と混じって雨になって地上に降り注げば……。


 ――畑には、半端じゃない量の有害物質や重金属が降り注ぐ。


 銅、鉛、水銀、カドミウム、ダイオキシン。


 環境保護? なにそれ美味しいんですか? って感じの世界では、いったい何がまき散らされているか、とてもわかったもんじゃない。


 鉛や水銀の毒性はいうまでもないだろう。

 病気の中でも公害病の恐ろしさは歴史の中に刻み込まれている。

 うん。この世界では、できるだけこれを食べよう。

 味なんかより命のほうが大事だ。


「こりゃ、野草や野生動物もアウトだろうなー。おや?」


・クリエイト・ウェポン LV1

 :タキオンランス

・クリエイト・アーマー LV1

・クリエイト・フード  LV1

 :強化栄養食

・クリエイト・ドラッグ LV1


「なんかスキルに新しい項目が追加されてるな。あのディストピア飯の正式名称は『強化栄養食きょうかえいようしょく』っていうのか。名前だけはご立派だなー」


 ひとり言を言ってると、何やら服のすそを引っ張られた。


「ん? あー……」


 俺の服を引っ張っていたのは、やせこけた汚い服の少女だ。

 彼女は俺を見上げ、その手に持ったプレートをじっと見ている。


 そりゃそうか。

 これだけ文明が進んでれば、あるよね。

 〝貧富の差〟ってやつがさ。


「食べるかい?」


 少女は俺の言葉にコクリとうなずいた。


◆◇◆



――――――

※作者コメント※

王国、思った以上に終わっててワロタ

ん? 魔国の侵略っておまえ、おまえ、まさか…

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