ラストステップ

 ルネさんは研究室の中に入ってきて、俺とマリアをしげしげと見つめた。


「廊下で戦っている時からずっと見てたけど……坊やたち、以心伝心いしんでんしんって感じね。いったいどこの工作員?」


「いえ、僕たちはただの冒険者です。ペンナックの依頼で来ました。ただ……彼の言いなりになるつもりはないです」


「…………(こくこく)」


「ペンナックの名前を出しておいて、それを信じるとでも?」


「僕と貴方は利害が一致してる」


「そうは見えないけど」


 ルネは冷たい表情で言い放つ。氷の女王って感じだ。


 イゾルデさんも言っていたな。

 彼女はなんでも一人でやっていけますって空気をかもし出してる。


「僕の名はジロー。転移者です。元の世界に戻るために、僕にはゼペットさんが持っている『禁書庫』の情報が必要なんです」


「転移者? それも禁書庫の存在を知ってるなんて……面白い坊やね」


「ルネさん。ゼペットさんと話をさせてください」


「それは無理ね。彼は火刑にされて、灰は四つ辻にまかれた。ゴーストにもならないようにね。彼がいた痕跡はすべて消されてしまった」


「貴方はここでゼペットと会ってたんじゃないんですか?」


「……ゼペットは死んだわ。それは本当よ」


「す、すみません。思いちがいでしたか。裁判の情報がないのは彼の死を偽装するためにやったのかと」


「偽装には間違いないわね。ペンナックがゼペットを捕まえるために罪を捏造したの。銃士隊の協力を借りてね」


「まさか、あのごろつきの正体って……」


「お推察の通り、ペンナックの息がかかった銃士たちよ」


「ペンナックはなぜそこまで熱心にルネさんのことを求めるんです? 彼の行動原理からするとおかしい。彼のゆがんだ愛情は暴力とセットだ。貴方のことを求めているのに、なぜか傷つけまいとしている」


「坊やと同じよ。『禁書庫』の情報。ヤツはそれを求めている」


「ペンナックも?」


「この世界の姿を一変させた転移者。それをもたらしたのは『禁書庫』なのよ。求めない理由があって?」


「……」


「坊やたちがここにくるまで散々倒してきたゴーレム。彼らは『禁書庫』の知識で作られたものよ。あれすら知識の一部でしか無いけどね」


「あのゴーレムは銃が効かない。もしアレが量産されたら……ガンが力を持つこの世界の姿は、またすこし変わりそうですね」


「そうなると銃士隊はクビ。こんどはゴーレム使いが銃士の代わりになるかしら?」


「しかしペンナックと親しい銃士たちは、そのコネで新しい世界に順応できる、と。つながってきたなぁ……イヤになりますね」


「銃士隊はガンに頼ってスキルを鍛えてない。そうなると冒険者のほうが都合がいいと思ったんでしょうけど……彼の計算は外れたようね」


「いや、外れてなどおらんよ」


「「――ッ!!」」


 俺とルネさんの間に、ニヤリと笑うペンナックの声が投げかけられた。


 廊下の奥からペンナック、そして銃を持った兵士たちが現れた。彼の背中からは、甲冑の擦れ合う音とブーツの音がいくつも聞こえてくる。


 たちまち10人くらいの銃士に囲まれ、俺たちは銃を突きつけられた。


「ペンナック、なぜここに……!」

『ジロー様、あれ!』

『……!!』

 

「クク……ウチの子猫が〝コイツ〟のことを教えてくれたのよ。冒険者と長いこと何かをしていたと言うんでな、わしの勘にピンときたのよ」


 そういってペンナックは、俺たちに向かってイゾルデを蹴り出した。

 悲鳴を上げ、転がってくるイゾルデ。

 彼女は、体じゅうに血に染まった包帯が巻かれ、その手の指は……クソッ!


『ジロー様……!』

『クソッ、これは僕のミスだ。部外者が長く一緒にいれば、怪しまれるのは当然だ。創造魔法で出した道具を過信しすぎた。僕のせいだ……』


「イゾルデ!」


「ルネ、ごめん……」


「このバカ猫め、冒険者に余計なことを吹き込みおって……! こうなる前に吐けばよかったものを。ククク……しかし柔らかくていい肉だった~!」


「このクズ野郎ッ!」


「ルネ、わしにそんな汚い言葉を使うのか? ハァ……自由にさせすぎたか」


 ペンナックは仕立ての良いベストの中に手をやり、白銀の自動拳銃を取り出す。

 そしてカチリと音を立て、安全装置を外した。


『ジロー様!』

『マズイ!! シールドを張るには遠すぎるッ!!』


「――やめて!!」


<タンッ!!>


 太い指が引かれ、乾いた音が研究所の中に鳴り響いた。


「イゾルデ!」


 ルネがイゾルデに駆け寄り、抱き起こした。

 しかし彼女の手にはもう力がない。


「ルネ……私もうダメ、みたい……」

「しっかりして!」


「イゾルデさん!」


 俺はイゾルデさんに駆け寄った。

 うっ……すごいたくさんの血が流れてる。

 なにか、なにか出来ることは……ッ!


「ルネ……あたしたち、友だち……だよ、ね?」


「そうよ、そうに決まってるじゃない!」


「よかった、私の勘違いじゃ、なくって……アンタ、もう……さびしくない」


「イゾルデ……私――」


「なんだ……そんな顔もできるんじゃ……ない。」


 イゾルデさんは眠るように目を閉じた。

 遅かった、のか……?


「ブラボー! ブラボー! あ、終わりか? ま、最後にしてはそこそこだな」


「……そうね、終わりね」


「ハァ~?」


「あなたの前で踊るのもこれが最後ってことよ。」


「ハッ、造り物のぶんざいで偉そうに!」


「造り物?」


「なんだ、お前たちはまだ気づいてなかったのか? ルネは人間ではない。この娘は『禁書庫』の知識から生まれたゴーレムだ。――人形だよ」


「えっ彼女が?!」


「そうだ。ルネは生きているわけではない。何もかもが素晴らしいのに、ただ命だけが欠落している。まったく惜しい……」


 そういえば……ルネはいやがらせでダンスシューズに釘を入れられたことがあるってイゾルデさんが言っていた。でも、その釘は全部丸く曲がっていたとも。

 ってことは、彼女は釘を物理的に踏み潰したってこと!?


「ルネは命のような物を持った紛い物だ。友人? 絆? ハッ、紛い物を助けるとは……イゾルデは犬死もいいとこだな」


「この子は……イゾルデは犬死になんかじゃないッ!!」


「犬死にさ。冒険者ともども殺せ。研究には破片でも十分だそうだ」


「ハッ!」


『げッ、こっちも?!』

『ジロー様!』


 銃士隊が大砲のような銃をこっちに向けた。

 きっと対ゴーレム用に特別に用意したものなんだろう。

 絶対に人間に向かって使うもんじゃない。

 ヤメテ!!! 死んじゃう!!!


<しゃん、しゃん、しゃん>


「……ん?」

「「……………? なんだこれは、音楽か?」」


 奇妙な鈴の音が聞こえてきて兵士たちの動きが止まった。

 音の正体は――ルネだ。

 彼女がステップを刻むことでアクセサリーが音を立てていたのだ。


「ん~、なんのつもりだ?」


「さびしさに、鉄の心もほどはなれてはなばなれ――舞装械除ディス・アームメント!」


「……なっ!?」「銃が!」


<カタカタ……!>


 それはとても奇妙な光景だった。

 ルネがステップを踏むと、それに合わせて銃士たちの銃もふるえだす。

 すると、銃のネジやバネがひとりでに弾け、飛んでいった。

 銃はたちまち分解され、彼らの手には木製の台座ストックしか残っていなかった。


『わ……!』

『何これすごい』


「じ、銃が、勝手に分解しちまった! なんだこれはッ?!」


「ルネ、お前何をした?! こ、こんな踊りが、こんなものが……?!」



「ペンナック、約束通り、最後に踊ってあげるわ。

 ――あなたの死体の上でね」



◆◇◆



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