人形師のアトリエ


 屋敷の上下がもとに戻った今、扉をあけようとする俺たちを止めるものはない。

 俺とマリアは協力して、大きな扉を押し開けた。


 扉の先は何かの研究室のようだった。

 壁には無数の本棚が並び、部屋には謎の実験器具がたくさん置いてあった。


 実験器具は青銅やガラス製だ。鳥のくちばしのようなフラスコは化学の授業で見た記憶がある。何かを精製するために使うものだ。


 ほかにも研究室の一角には、鍛冶や裁縫、革細工の道具もあった。

 使い込まれた道具がそのままにされたテーブルは職人の工房を思わせる。


『みて、ジロー様!』


『あれは……襲いかかってきた人形のパーツか』


 作業台の上に未完成の人形が座っている。

 俺たちを襲った人形兵士は、ゼペットが自分の手で作ったようだ。


『何か他に……――ッ!』

『ジロー様、アレ!』


 鳥カゴのようなろうの中に3人の男が入っている。

 ペンナックが送り込んだごろつきか?

 俺はろうに駆けよって、彼らの状態を確認する。しかし……。


『――だめだ。もう死んでる』

『まさか……これってルネさんが?』


 牢の中のごろつきは、すでに全員事切れていた。

 しかし目立った外傷がない。 


『……何か落ちてる』


 吊り牢の下に小ビンが落ちている。

 そして、その近くにはネズミの死骸しがい


 ネズミは小ビンの中身を口にして死んだようだ。

 ということは……。


毒薬どくやく。自決したのか?』


 金で雇ったごろつきが自決? 妙だな。雇い主の秘密を守るためだとしても、そこらで雇ったヤツらがそんな殊勝しゅしょうなことをするとは思えない。


『こいつら普通じゃない。何か持ってないか調べよう』


 俺はごろつきの懐を探る。

 予備の弾倉。腐ったサンドイッチ。

 ……あったぞ、指示書だ。


ーーーーーー

ゼペットが「禁書庫」から持ち出した知識はすでに「形」になっている。

ヤツのアトリエに入って成果を回収しろ。

回収が無理なら破壊してもいい。破片でも十分役に立つ。


証拠の隠滅は入念に行え。

特に「禁書庫」に関する情報は優先して抹消すること。

しかし火は使うな。面倒なことになる。


成功時、約束の金額を支払う。集合場所はいつものところだ。

この内容を読んだら必ず燃やせ。Pより

ーーーーーー


 あーもうメチャクチャだよ。

 燃やせって書いてるんだから燃やしなさいよ!!

 ま、おかげでこっちは助かったけど……。


 しかしこの指示書、気になることがいくつか書いてある。


『マリア、これを読んでみて。これによると、どうやらゼペットは「禁書庫」の場所を知っていたらしい』


『え、じゃぁ……このお家を調べれば禁書庫の場所、わかるかも?』


『その可能性は高いね』


 俺をこの異世界につれてきた「転移魔法」は、魔術師ナイアルトが禁書庫から持ち出したもの。ランスロットさんはそう言っていた。


 禁書庫の場所がわかればその逆の魔法、元の世界に帰る魔法が見つかるかも知れない。まさかこんなところでその手がかりが見つかるなんて。


『ジロー様、これに書いてある「形」になった知識ってなんだろ?』


『たぶんだけど、あのテーブルに乗ってるやつじゃないかな?』


 俺は作業台の上に乗っている人形兵士を指さした。

 弱っちかったが、銃が効かない動く甲冑かっちゅうなんてこの世界において十分な脅威だ。

 ごろつきたちの目的はあれだろう。


『この指示書に書かれてるイニシャルのPは、「ペンナック」のPかも。だからペンナックの目的は、最初から……』


『ゼペットさんの研究?』


「そういうことかも……あッ!?」


 マリアの方に振り返った俺は、一瞬固まってしまった。

 彼女の肩越かたごしに見える研究室の扉に何者かが立っている。

 一体いつの間に?


 研究室の入口で扉に背中を預け、ななめに立っている女性。

 彼女の四肢ししはスラッとしていて、顔も均整が取れていて美しい。

 まるで全てが計算づくで作られた、そんなプロポーションをしている。


 女性は腰までの金髪をなびかせこちらに向かって歩いてくる。彼女はイゾルデさんと同じきわどい衣装を身に着けている。つまり……踊り子だ。


 こんなところに来る踊り子なんて、俺は一人しか知らない。


「もしかして……あなたが?」


「そう、私がルネ。以後お見知りおきを」



◆◇◆



※作者コメント※

明日は一気に解決編へ…いけるといいな!


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