理性の光明

<カチッ、カチッ!>


「やっぱり使えないか……さっきのは何だったのやら」


 戦いが終わった後、俺は「タキオンランス」のトリガーを引いてみた。

 だが、先端からは何も出てこない。


 ……いや、正確には楽しげな音と光を出している。

 でもあの青白い光の剣はトリガーを引いても二度とでてこなかった。


『……気に食わねぇな』


 ちょっと色が薄くなったヴァイキングが俺を見て不満げにうなっている。

 負けたことに不服なんだろうか。

 正直なとこ、意味わかんない方法で負けてるしなぁ……。


「すみません、何かよくわかんない方法で勝っちゃって」


『いや、そのことじゃねぇ。お前らのことよ』


『俺らは戦士だ。他の連中が金で買うものを血であきなう。でもよう、そのとしで剣を売るなんて外の世界はどうなってんだ。帝国には勝ったんじゃねぇのか?』


「僕にもよくわかりません。この世界はどんどん役に立つものが増えて、生活は良くなっていくはず。でも、そうなってないんです」


『俺は頭が良くねぇからよくわからんが……そいつぁ道理が通らねえんじゃねぇか』


「同感です」


『……まぁ死人が言っても始まらねぇか。生きてるうちにやっとけって話だな』


「あ、ちょっとレベル上がってる。半殺しだったのに」


『この話の流れで自分のレベル確認することある????』


『ジロー・デガワ レベル3 創造魔法 活人剣』


 ステータスを見ると、俺のレベルがちょっと上がっていた。

 ヴァイキングの亡霊は別に倒してないはずだが……。

 もしかして、半殺しで体を削ったからだろうか?


『ていうか、レベル低ッ!! それであのスキルの威力はおかしいだろ!!』


「え、そうですか? マリアもレベル13でしたけど、聖騎士で相性があるから多少のレベル差はどうにかなるんじゃ……」


『じゅ、じゅうさん……? 待て待て、それはおかしい! いくら相性差があっても、レベル差が倍もあったならひっくり返せん!』


「え、おじさんのレベルって……?」


『24だ。ここにいる連中のレベルは大体20から30ある』


「はぁ?! ほぼ倍じゃないですか!」


『戦争やってんだから当たり前だろ』

『ほらアレだろ。最近の若いのは有能になってるっていうし』

『そういうもんか?』



『えぇ……なんで勝てちゃったんだろう?』


『そういえば、ジロー様と会ってから、体のエーテルの量がぜんぜん違う気がする』


『……もしかして、「強化栄養食」? ……あ、そうか! 栄養を強化してるなら、「栄養強化食」ってなるはず。食べた人を強化する栄養食ってコト?』


『じゃあ、ジロー様のゴハンで強くなってるってこと?』


『だと思う……確信は持てないけどね』


 これはもっと検証したほうがいいな。

 強化栄養食のおかげだとすると、色々と話が変わってくる。

 もしこれをスラムの皆に配ったら……。

 うん、ちょっとじゃないどころの大変な騒ぎになってしまう。

 ランスロットさんに相談するべきだな。



 思案していると、先ほどの騎士がこちらに歩いてきた。

 兜を脱いでいた騎士の姿を見て俺は驚いた。

 声でわからなかったけど……あの亡霊、女性だったのか。


『ジロー殿、貴公は決闘に勝った。ゆえに我らは剣を収める。しかし……』


「もう無名戦士の墓に手を出さないよう、学生たちに約束させます」


『うむ。それでいい』


「……ところで騎士さん、何で僕らを助けてくれたんですか?」


『みっともないと思っただけだ。』


「?」


『大の大人がワガママを通すために子供を使う。これを恥という』


「なるほど。僕は墓守さんの所に戻ります。それと――」


『なんだ?』


「また来てもいいですか? 皆さんとのスパーリングはいい訓練になりそうだ」


『フッ、貴公をとり殺すかもしれんぞ?』


「そのつもりがあったら、もうしてるでしょ?」


『そうだな。……小さき冒険者よ、さようなら。そして、良い旅を――』


「はい。それじゃ」



◆◇◆



 俺とマリアは墓守さんの小屋に戻った。

 彼はひどく驚いた様子で俺たちにノートを返す。無名戦士と知り合いになったことを知らせると、二重に驚いたようだった。


 そうして、依頼の終了を知らせるために俺は墓場の入口に戻った。


「仕事は終わりました。墓場にいたゴーストは鎮まりました」


「早いな。証拠はあるのか?」


「墓場に入ればわかりますよ。ですが、今度は墓を壊さないように」


「なによ、子供のくせにえっらそうにして!?」


「やめろエレナ。この小僧が正しいか、墓場に入ればわかることだ」


「学説の検証はもう止めたほうがいい。墓を破壊してもゴーストは消滅しません。次同じことをしたら、命の保証はできません」


「ふん……知識の探求に命を惜しむものに新しい発見はできんよ」


「これは脅しじゃないですよ。墓守さんは死霊術ネクロマンシーなんて使ってなかった。いや、むしろゴーストからあなた達を守ったんだ」


「ふむ……君の言い分はそれか?」


「はい。無縁墓地のゴーストは静まっていましたが、無名兵士の墓のゴーストは怒っていました。なので彼らを鎮めるために決闘して勝ち、彼らを納得させました」


「はぁ~? まるで子供向けのおとぎ話だな!」


「くだらん。理性の光明に照らされた我らが、そんな子供だましを信じるとでも?」


「伝説の剣でゴーストを皆殺しにしたっていう方が、まだ信じられるわね」


「マーカス、きっとこいつらは墓守とグルだ。亡霊は何かのトリックに違いない。光をつかった幻灯機か写し絵が何かで……とにかく、サギで告発するべきだ!」


『ジロー様……』

『マリア、大丈夫だ。本気で告発するつもりじゃない。これはタカリさ』


「冒険者ギルドとやり合うつもり? 裁判を始めたら銀貨20枚で済むかな?」


「チッ……」


「学説か何か知らないけど、墓場には敬意を払うべきだよ。もう無名戦士の墓地には手を出さない。これだけでも約束してください。」


「お前たち非文明人にはわかるまい!」


「非文明人?」


「わからないか? お前たちのことだ。野蛮やばんな剣を使う時代の退行者め!」


「……モンスターを倒すのに必要だから持ってるだけだ」


「それが問題なんだよ。我らは新しき時代に生きている。そうした古き因習いんしゅうをふり払わなければならない。知はそのためにある!」


「……因習に骨を折ったのには理由がある。昔の人間だってバカじゃない」


「いいや、バカだとも。仮に正しくとも、彼らは理解してやったわけではない。やみくもに手を出して、たまたま正解だったものが残っただけだ」


「……………」


「かつて存在した暗黒の時代には、迷信ほど人々を導くのに最適なものはなかった。闇の中では、目のふさがった人間が一番よい案内役だ。目を見開き、前を見ようとする者よりずっと足元が確かだからな」


「しかし、理性という光明によって明るくなった今! 迷信という暗闇にいる人間に世界を案内させ続けるのは……阿呆あほうのすることだ!」


「マーカスの言うとおりよ。世界は理性の光で明るく照らされている!」


「その光とやらがまぶしすぎて、前が見えなくなっているんじゃないか?」


「ハッ、古きものに何を言っても無駄か……」


「マーカス。相手をバカにする前に、まず相手の立場になって考えることをオススメするよ。たとえば――自分は彼の剣が届く位置にいるのか、とかね」


「こ、こちらはガンを持っているんだぞ」


「この距離なら剣のほうが早い。スキルだってある。試してみる?」


「「…………」」


「止めておけ。キースが銃を抜いたら誰に当たるかわからん」


「ちぇっ。ドサクサに紛れてアンタを撃とうと思ったのに」


「……ギルドに報告するからな」


「どうぞご勝手に。仕事は済んだから僕たちは帰ります」


『帰ろうマリア』

『うん。』


「あっ、そうだ」


「チッ、まだ何かあるのか?」


「ゴーストに使おうと思ってた〝銀の粉〟が余っちゃったんですよね。ゴーストを追い払うのに使えるらしいんですが、持っていきます?」


「そんなものは必要ない。持って帰れ」


「ですよね」



◆◇◆



「まったく、腹のたつガキだ。論文の提出期限がせまってる。さっさとすませよう」


「銀20くらい、論文が認定されたらすぐ返ってくる。だからみんな頑張るんだ」


 ジローとマリアが帰った後、学生たちは墓場に再び入っていた。

 彼らは無縁墓地につくとさっそく「作業」を再開した。


<バキッ><ズカッ>


「せっかくブッ壊したのに直しやがって……非文明人め」


「ね~、はやく済ませましょうよ~」


「わかってる! おいキース、何してる? 手を止めるな」


「ルドルフ、あ、あれ……」


 土に汚れ、震えた指が指す先に奇妙な存在がいた。


 薄汚れた黒の狩衣に、黒の狩猟帽を被った人影。

 マーカスは一瞬墓守が現れたのかと思ったが、違う。


 墓守にしては――いや、人間としては背が高すぎるし、異様に手が長い。

 

 黒衣の男は左手に大鉈を持ち、もう片方の右手には杭のようなボルトが装填されたクロスボウを持っていた。これは典型的な帰参者――「レブナント」の姿だった。


 墓守がなだめた放浪者たちは、決して納得していなかった。

 彼らの恨みが集い、ひとつの大きな霊体として形になったのだ。

 

「う……撃て!」「銃……! 銃ッ!」


 学生たちは各々銃を取り出して引き金を引く。

 墓場に乾いた破裂音が鳴り響いた。


<パァン!><パァン!>


 オートマチック拳銃の機構が反復して動作し、銃弾を吐き出す。

 しかし、放たれた弾丸はレブナントの体を通り過ぎ、その後ろの枯れ木の幹をほじくり返すだけだった。


『我、微睡まどろみ安らぎがため、棺に杭打たん――ブラック・ネイル』


<バシュン>


「ぎょぺぇ?!」


 クロスボウから放たれた黒い杭が破裂し、散弾となってルドルフの体を貫く。


 あっと思った全員が振り向くと、ルドルフは子供がねじった人形のように、奇妙な姿勢で墓石に打ち付けられていた。


「何だ、なんだよあれ?!」


「迷信だ、迷信だ! あんなのいるはずない――」


 レブナントはゆっくりと歩みを進めてくる。

 悠々と歩く狩猟者は、獲物に見せつけるかのように大鉈を振る。

 すると大鉈は上下2つに分かれ、肉食獣の牙のような形に変形した。


回会かいかいせし円舞、その終曲を喝采かっさいせよ――黒葬』


 レブナントの回りに黒い霧が現れ、マーカスたちを囲み始める。

 次の瞬間、霧の向こうから何かが爪を立て、彼らの肉を喰らい始めた。


「「「ぎゃああああああああああ!!!!」」」


 学生たちはしゃにむに銃を振り回し、引き金を引く。

 しかし、鉄の塊からは無慈悲な金属音が鳴り響くだけだった。


<カチッ、カチッ!>


「あ、あぁ、ああかが……!!」


 ――後日、異変を感じた墓守が無縁墓地を訪れた。

 しかしそこには、空の墓以外、何も残っていなかったという。



◆◇◆





※作者コメント※

Q:レブナント=サン何でこんなに強いの?

A:無縁墓地には高レベル冒険者も埋葬されてたから

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