逆さの家


 俺たちが魔法使いの邸宅についた頃、時刻は昼になっていた。

 太陽の光が強さを増し、道のぬかるみを熱気で蒸発させる。

 立ち上った湿気と土の匂いが体にまとわりつき、ひどく不快だった。


 分厚い綿鎧アクトンは通気性の概念がない。

 そのため、服の中がべっちょりして、ヤバイくらいに気持ち悪い。

 この仕事が終わったら、マジで風呂屋を探さねば。


 さて、邸宅は街の主要な道路から離れた場所にあった。ここにいたるまでの道のりは家々の間を複雑にまがりくねり、儀式めいた舞踊のように続いていた。


 邸宅は暗い色の石を重ねた古い様式の建物で、高い窓はアーチになっている。

 しかし、そうした窓のほとんどは木板を打ち付けられ、かたく閉ざされていた。


『人が住んでいる気配はないなぁ……』

『なんかさびしい所だね』


 周囲に人の目はない。

 俺とマリアは邸宅を囲んでいる柵をのりこえ、敷地内におり立った。


 邸宅の壁に近づき、耳をすます。

 しかし中から人の声や生活音は聞こえてこない。

 中には誰もいないようだ。


『ごろつきが入り込んでるはずだけど……何の音もしないな』


『ルネさんも来てないのかな?』


『この様子なら、たぶんそうだね。彼女は日が暮れてからこの邸宅に来るはず。中をしらべるなら今のうちだね』


『ルネさんがなにしてるか、わかるといいね』


『まずは邸宅に入れる所をさがそう。ごろつきが使った入口がそのまま使えるかも』

『うん!』


 周囲をぐるりと回った俺達は、木板を外され、こじ開けられた窓を見つけた。

 3人のごろつきたちはここから入ったに違いない。


『入口だ。ここから入ろう』


 外された木板を壁に立てかけ、スロープにして登り上がる。

 入ってみると、室内はひどく荒らされていた。

 まるで台風でも通り過ぎていったのかという有り様だ。


 どうやらこの部屋は応接間のようだ。

 室内にはディスプレイ用の甲冑かっちゅうと2つのソファがおいてある。


 しかしソファの間のテーブルはひっくり返され、サイドテーブルも引き出しを外に引っ張り出されて中身をぶちまけていた。


『ごろつきたちは人探しと物盗ものとりの区別がつかなかったのか』


 ま、スキあらば何か持ち帰ろうとしているのは、俺たちも同じだけど。


『メチャクチャだね。何か探してたのかな?』


『そうかも……ッ!! マリア、これを見て』


『これ……ガンにつかうヤッキョウ?』


『うん。ごろつきたちはここで銃を使ったみたいだ』


 部屋の床には短い薬莢やっきょうがいくつか転がっている。拳銃ハンドガンか?


 となると、部屋が荒れてる意味も変わってくる。

 誰かを襲った、あるいは襲われた? 一体ここで何を撃ったんだ?


<ガシャン!><ガシャ!>


『なるほど……こいつか』


 ディスプレイ用だと思っていた甲冑が動き出した。

 その手にはずっしり重そうな斧槍ハルバード


 みると動く鎧の胸当てには、小さな穴がいくつも空いている。

 ごろつきどもはコイツをったんだ。


『マリア!』

『うん!』


<ガシャ!ガシャ!>


 鎧は武器を振り上げ、こちらに迫ってくる。

 斧槍の鋭い先端が届くまで、剣を抜く時間もない。が――


『詠唱破棄――力よ!!』


<ドオンッ!!!>


<ガシャシャ?!>


 マリアがスキルで衝撃波を出し、鎧たちを押し返した。


 彼女が連中に叩きつけた衝撃波は、応接間にあったソファーとテーブルを吹き飛ばし、壁に叩きつけるほどの力があった。


 重量のある鋼鉄のよろいと言えども、まともに喰らえばひとたまりもない。

 二領の甲冑はたまらずその場でたたらを踏んでいた。反撃のチャンスだ!


「――えいやッ!」


 俺は腰につけていたショートソードを抜き放ち、鎧のヒザに叩き込んだ。

 甲冑なら可動部分。とくに関節部分が弱いはず!


<バキンッ!>


 振り回したハガネががっちりと鉄板に食い込んだ。片足が動かせなくなり、バランスを失った甲冑は倒れ込むが、最後のひとふりを俺にあびせようとする。


「おっと!」


<ギャリン!!>


 以前、マリアがサイゾウさん相手にやったことのマネをした。

 打った剣をひきもどして、即座にガード。

 剣の戦いっていうのはターン制バトルみたいなところがある。

 いかに攻撃と防御を早く回すかが勝利の鍵だ。

 こんな感じに!


「もういっちょ!」


<バカンッ!>


 さまようよろいのヘルメットに振りかぶった一撃をたたき込む。

 額とバイザーがベコンとへこむと、よろいはビクンと体を跳ねさせて止まった。


『よし、おわったか……』

『こっちもおわったよ』

『お~、さっすがマリア!』


 マリアのほうもよろいを片付けていた。

 胴体の鎧が一閃いっせんされて、横に真っ二つだ。わぉ。


よろい、あんまり強くなかったね』


『だね。銃ならキツイかもだけど……剣なら大した相手じゃないかな』


 鎧を銃で撃っても、穴が空くだけで止められない。

 剣なら関節を曲げ、破壊することですぐに動きを止められる。

 今回は敵との相性が良かった。


『……? ジロー様、それどうするの?』


『ガントレットだけでも拝借はいしゃくしていこうかなって』


 今の俺たちが使っている防具は「布の服」だけだ。

 使えるものはできるだけ持って帰りたい。


 俺は倒れた鎧の前でしゃがみ込み、使えそうなパーツをあさる。しかし、甲冑から篭手ガントレットを取り外した俺は、首をかしげることになった。


『あれ、中に何も入ってない。空っぽだ……』


 何かの骨組みくらいはあると思ったが、甲冑の中には何もない。

 一体どうやって動いていたんだろう。


『この鎧さん、魔法で動いてたのかなー?』

『あ、そっか。この家の主が魔法使いなのすっかり忘れてた』


 そりゃそうだ。こんなのは魔法以外にありえない。

 平然と銃が使われている世界だから忘れてた。


 この世界では、科学と魔法。

 考えないといけない部分と、考えなくてもいい部分が混ざりあっている。

 常識がないのがこの世界の常識だったな。


「ごろつきたちはここで鎧と出くわした。そして逃げた。なら……」


 甲冑から奪ったガントレットを手にはめ、俺はあたりを見回す。

 この応接間には扉が一つしかない。

 鎧に面食らったごろつきは、あのドアから出ていったはずだ。


『……開けるよ』


『うん、いつでも大丈夫』


 俺は武器を構えながらドアを開け放つ。

 恐ろしいモンスター、魔法の罠、あらゆる脅威を想像してノブを回す。

 だが、扉の先は俺の想像の斜め上を行っていた。


「――ッ?!」


『わ、スゴイ!!』


 扉の向こうでは、全てが「上下反対」になっていた。

 シャンデリアが地面に逆さまにたち、天井にテーブルが張り付いている。


 そうか、きみはそういうやつなんだな?


 この世界はあらゆる常識が死を迎えしクソッカス。

 トンチキと非常識がデス無礼講をしている世界だった。


『逆さの家ってところか……さすが魔法使いの邸宅だ』



◆◇◆

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