悪魔の一撃
水面にあがってみると、そこは湖畔のキャンプ場だった。
あの秘密研究所は地下水脈を通して湖とつながっていたらしい。
なるほど。ジャークシャークはこのルートを使って湖で殺人をしたのか。
きっと、実験体になった人たちの誘拐もしていたに違いない。
「……あっ!」
周囲を見回していると、青灰色の巨体と、輝く甲冑が目に入った。
リリーとジャークシャークが、遠い湖の岸で対峙していたのだ。
「彼女はとっくに湖からあがって戦っていたのか……! こうしちゃいられない!」
俺はレコン・スーツのジェットを使って岸に向かった。
しかし、なんだろう……。
近づくと様子がわかってきたが、何か想像してたのとちょっと違う。
剣を抜いて構える騎士に対して、覆いかぶさるようなポーズをとる巨大なサメ男。
観客となったキャンプ客に取り囲まれているのもあって、遠目にはヒーローショーか何かにしかみえない。
いやむしろ、観客はただのショートしか思ってないようだ。
なんかキャーキャーいってる声まで聞こえる。
この異世界の人たち、命の危険があるかもしれないっていうのに妙なところでのん気だな……。うーん、逆に危険がありすぎてマヒしてるのか?
「リリーさん!」
俺は岸にあがり、彼女の近くにいこうとする。
だが彼女はこちらを振り向きもせずに俺のことを手で制止した。
「……リリーさん?」
「君はその少女を見てやってくれ。闇のエーテルに当てられているようだ」
「闇のエーテル?」
「その子は聖騎士。光のエーテルにかたよっている。ゆえに地下水脈で流れていた闇のエーテルに当てられて変調を起こしているのだ。明るいところで休ませてやれ」
「は、はい……わかりました! あ、でも――」
「君も休め。エーテルがだいぶ薄くなってるぞ」
俺も戦います。そう言おうとしたが、俺の体調はリリーにお見通しだった。
彼女は俺とマリア抜きでジャークシャークと戦うつもりだ。
「すみません、後は頼みます」
「うむ。任せておけ」
俺はマリアを抱えながら彼女の戦いを見守ることにした。
依頼を受けておいて無様とは思う。
でも、依頼者本人が言うなら……たぶん許されるだろう。
……あれ?
そういえば、リリーさんにマリアのことを聖騎士って説明したっけ?
あーでも、同じ騎士だから、見ればわかるのかな。
「シャーッシャッシャ! 我が
「御託はいい。かかってこい」
「シャシャ……あれ、何か冷たい……」
「いつまでもお前のお遊びに付き合ってられんのだ」
「シャシャ……ならばこれを最後の遊びにしてやるわぁ! 死ねぃッ!!!」
ジャークシャークはすぅっと息を吸い込むと、口から水を吹き出した!
吐き出された水はカミソリのように薄く、地面を切り裂きながら、リリーに向かって伸びていく。
「なんだそりゃ!? 生物がやっていいことじゃないぞ?!」
「ほう、なかなか面白い手品を使うな」
だが、リリーは水のカミソリを前にしても動じない。
剣をひとふりすると、襲いかかる水流は彼女の前で弾けとんだ。
「何ィ?!」
「ふむ。放射、そして圧縮。エーテル操作の基本はできているようだが、その先に進めていないな。お前は注ぎ込む量を増やし、
「シャシャ……なんだと!」
「教育してやろう。エーテルの操作とはこうするのだ」
そういってリリーは剣でジャークシャークを指した。
……だが、何も起きない。
剣の先からビームが出るでもなし、オーラ的なものが出るでもない。
ただ、剣をサメ男に向けた。それだけにしか見えなかった。
「シャシャ……何のつもりだ? ただのこけおどしか!」
「思った通り鈍感だな。エーテルとはすなわち原初の混沌。命が命になる前の存在とでもいったところだ。別の場所では『歪み』ともいうがな」
「……何をワケのワカラン、ことオ?」
「エーテルとは何でもない。ゆえに何にでもなれる。エーテルが満ちる我らの世界は、神々にとって壮大なる遊戯のための盤面でしか無いのだ」
「……?」
なんだ、何かがおかしい。ヘルメットのUIにノイズが走り、何かを現す文字が表示され、数字が慌ただしく回転する。俺の目の前で何が起きてるんだ?
「わかたれざるものよ。――あるがままの姿に割断せよ」
「シャシャ……!?」
信じがたいことが起きた。
ジャークシャークの体が内側からめくれ、爆発したのだ。
リリーは一切手を触れていない。
ただ剣を向け、ぽつりとよくわからない一言を言っただけだ。
これが彼女のいうエーテルの操作……なのか?
手も触れず相手を爆散させるのが、本当のエーテル操作?
いや、そんなのおっかなすぎる。第一、こんなことをした人は初めて見た。
俺が今まで見たエーテルを使った攻撃は、どんなに突拍子がないものであっても、少なくとも目に見えた。だが、彼女のやったのは不可視にして致命の一撃だ。
こんな攻撃方法は、見たことも聞いたこともない。
戦いを見守っていたギャラリーも、完全にドン引きしている。
リリーを見る目に明らかな恐怖の色が宿っていた。
「終わったぞ」
「アッ、ハイ。お、お疲れ様です……」
「ハハ、そうおどおどするな。あんな芸当はあれにしかできない」
「え、そうなんですか?」
「あのサメ男は、ヒトとサメ型モンスターの融合体だろう? 異なる生物が融合したキメラは、そのエーテルも極めて不安定になるのだ。腐った納屋のドアに蹴りを入れれば、ドアが外れる前に納屋ごと崩れ落ちる。そういえばわかるか?」
「あー……なるほど。」
俺はなぜかランスロットさんの家を思い出した。なるほど。あの家のドアに蹴りをいれれば、たしかにドアが外れる前に家が崩れ落ちそうだ。
「ジャークシャークはエーテルの量が多くても、生物として不完全だったんですね」
「うむ。2つの生物を1つにすれば、たしかにエーテルの量が増えて強力になる。だが、エーテルの安定性という面で致命的な弱点を抱えてしまうのだ」
「なんだか哀れですね……あれ?」
「どうした?」
「リリーさん、目を怪我してるんですか?」
俺は彼女に近寄って会話したことでようやく気がついた。
バケツ兜の細いスリットから見える彼女の片目。
それがさっきからずっと閉じられたままだったのだ。
「薬が必要ならお渡ししましょうか?」
「い、いや、結構だ。放っておけば治る」
「いえいえ、ケガを放って置くと危ないですよ。僕のスキル、創造魔法で出せる薬を使えば、それくらいのケガはすぐに直せますよ」
「えーっと……そうだ! うん、目にゴミが入っただけだ。私は本当に大丈夫だからぜんぜん気にしないでくれ」
「そうですか? それならいいんですが……」
「と、ともかく君も少し休んだらどうだ? ほら、ちょうど湖畔に休める店があるだろう。マリア君も休ませないといけないし、ひとまず君はそこで休んでおきなさい。店主にはすでに私から話を通してあるからな!」
「それもそうですね。ちょっと借りてきます」
「うんうん」
リリーがそこまでいうなら、お言葉に甘えて休むとしよう。
俺は気を失っているマリアをおんぶして、湖畔のコテージに向かった。
・
・
・
傾聴せよ!
諸君! 我々は人類を脅かす脅威に対して、最初にして最後。
そして、唯一の防衛線である!
君たちと戦友が手にしている素晴らしい兵器こそが人類の生存を支えている。
レコン・スーツは最高の偵察用装備だ。
ジャンプユニットは地上のみならず、水中、そして宇宙空間でも使用が可能。
耐候性能も一級品で、上は気温90度からマイナス90度まで耐えられる。
そして、最先端の技術によって合成された高分子装甲は高い防御性能を持ち、ダイアモンドと同じ硬度を持つ変異体どもの牙や爪を通さない。
しかしながら、偵察兵諸君……。
この装備をもってしても、君たちのほとんどは戦士として来年の今日を迎えられないだろう。また、故郷の惑星を二度と見ることもないだろう。
だが、君たちが倒れ伏し、心臓が鼓動を止めたその時。
君たちは真の男と呼ばれる資格を得るだろう!
◆◇◆
※作者コメント※
あれ、装備解説もなんか不穏。
まるで物理的な防御がまるで意味をなさない相手と戦ってるような……?
一体何と戦ってたんだろうなー(すっとぼけ
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