悪いことも時には…
スキルとレベルを確認した俺たちは、再びトンネルの中に入った。
吸血鬼の奇襲にそなえて各所にセントリーガンを置いていこう。
そうしたところで、俺は困ったことに気がついた。
「しかしまいったな。水の中だと本体が沈む……どこに置こう?」
そうなのだ。トンネルの底には水がたまっている。
水位はだいたい俺のすねあたりだから……30センチくらい?
ここにタレットを置いてしまうと、頭まで完全に水に浸ってしまう。
『ジロー様、あれの上とかどう?』
『放置された木箱か……そうするしかないね』
マリアがカビで真っ黒になった木箱を指さした。
こういった放置された物品はトンネルのところどころにある。
壊れたクワ、折れたスコップといった道具のほかに、タルや木箱。
きっと、このトンネルをつくった時に使った物だ。
密輸人がゴミとして、そのまま放置していったんだろう。
産業廃棄物をそのまま残していくならず者で助かった。
トンネルの中をキレイに掃除されてたら、お手上げだったかもしれない。
<トンッ>
金属製のアタッシュケースをヌメった木箱の天板に置く。
セントリーガンを起動させるのは、多分ハンドルの所についてるボタンだろう。
未来でもこのあたりは変わらないらしい。ぽちっとな。
<カシャシャ! ガシャシャ!!>
「おぉぉ!?」
「…………!(きらきら)」
ボタンを押すとアタッシュケースが開いて立ち上がった。
ケースの外側が4本の平たい
<初期設定を開始してください>
「初期設定? えーっと……敵を見つけたら撃っちゃって」
<目標:敵対的意思存在の
「交戦規定……? あーガンガンやろうぜ、みたいなこと?」
<指示を了解。ウェポンズフリー。全ての武装を開放します>
うーむ、何か不穏なこと言ってる。大丈夫かな……?
まぁ、吸血鬼、モンスター相手ならどんだけやっても大丈夫か。
俺たちはトンネルの中にタレットを置いて回った。
あとはヤツが罠にかかるのを待つだけだ。
トンネルの影に隠れ、ハーモナイザーを通して心で彼女と会話する。
声がしないから話をしても問題ないっていうのはいいな。
ずーっとだまって待っていたら、退屈で死んでいたかもしれない。
『ねえ、マリア。ランスロットさんも吸血鬼を倒したんだっけ?』
俺が聞くと、マリアはえへんと咳払いをした。
小さなほっぺが膨らんで、なぜだかちょっと自慢げだ。
『うん。でもその時のおじさんは、銀の武器を持っていなかったの』
『え、吸血鬼って銀の武器が必要なんでしょ。どうやって倒したの?』
『そのとき付き従ってたおじさんの従者がね、気づくと
『えっ、ぬすんだ食器で吸血鬼を倒したの……?』
いくら剣聖といっても、それはムチャ過ぎない?
でも、ランスロットさんならやりかねないという謎の説得力がある。
『えぇ、まさにその通りです。彼の
マリアはランスロットさんの口ぶりをマネをして言った。
けっこう似ている。
『ランスロットさんらしいや。その従者はどうなったの?』
『従者はこりて「もう盗みはしない」ってランスロットおじさんに
『ハハ、いえてるね』
俺とマリアは声を殺し、トンネルの中でクスクスと笑いあった。
『――「悪いことが時には良い結果を生む」か……』
『どうしたの、ジロー様?』
『アインが起こそうとしているスラムの反乱について思ったんだ。反乱を起こせば、たくさんの人の命や家が失われる。それは明らかに悪いことだけど……』
『良い結果も、ある?』
『うん。反乱が成功しなくても、反乱が起きることに意味がある。王国は同じことを繰り返さないために、スラムの環境を良くしたり、奴隷の扱いを和らげるかも』
『そっか、そういうこともある、かも……』
『僕の考えが甘いだけかもしれないけどね。この世界は本当に過酷だ』
『ジロー様がいた、もとの世界はちがうの?』
『この世界にああるヒドイことが、僕のいた世界にはまったくないとは言えないけど……少なくとも、モンスターはいないかな』
『え、ジロー様の世界にモンスターっていないの!?』
『うん、モンスターどころかスキルもない。このスキル――創造魔法は僕がこの世界に来たときに目覚めたものだからね』
『そうだったんだ……』
『マリア。もしだけど、もし「禁書庫」が見つかって、僕がこの世界をはなれることになったら……僕がいた世界に行ってみたい?』
『…………わかんない。』
『そっか、そうだよね……。』
『――私は、私がどうしたいかよくわかんないの』
『?』
『私が生まれたとき、私がやることは全部最初から決まってた。護国卿の娘だから。でも、それは帝国が無くなってから全てが壊れちゃった』
『アインのことはたまにうらやましく見える、かな。キライだけど、自分で何かやろうとしているのはわかるから。』
『意外だな。そんな風に思ってたなんて』
『私はどこかうすぼんやりとしてる。信じてた全部が壊れちゃって、何をしようとしてたのか、わかんなくなっちゃった』
『……探そう。僕と一緒に。この世界ってわからないことがありすぎるからね。僕と一緒にいれば、きっとそんなふうに悩んでる時間なんてなくなるよ』
『……これも、悪いことが良い結果を生む、かな? ジロー様と会えたし』
『そういうことになるのかな。僕もマリアに会えて良かった』
トンネルの中に沈黙が降りる。だが、どこか心地よい沈黙だった。
時が止まったような静寂。
しかし、それもすぐに引き裂かれることになった。
<タタタタン!><タタタタタッ!>
銃声だ。
――始まったぞ!
◆◇◆
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます