2つの決意

「ランスロットさん、ただいま戻りました」


「おや、おかえりなさい……彼らは?」


「えーっと……依頼で知り合った人たちです」


 スラムに戻った俺は、ランスロットさんに彼女たちのことを説明しようとする。

 しかし彼は話をしようとする俺を静止して、ベッドのふちに手をやった。


「詳しいことをお聞きする前に、彼女を休ませる必要がありますね」


 そういって彼はベッドから体を起こそうとした。


「ランスロットさん、お体にさわりますよ」

「…………!(こくこく)」


 寝たきりだったのに大丈夫か?

 不安になった俺は、起き上がるランスロットさんを止めようとしたが――


「いえ、ケガをした女性を床に寝かせるわけには参りません。それに最近はヒザの調子がいいのです。きっと、君の食事のおかげでしょう」


 そういってランスロットさんは立ち上がってしまった。

 「強化栄養食」の効果ってすごいな……。


 ともかく、彼の申し出を無下にできない。

 俺はランスロットさんのベッドにイゾルデさんを寝かせた。

 彼女の意識はまだ戻ってないが、呼吸はちゃんとしているし熱もない。

 またもとのように起き上がれるといいが……。


「さて、ジロー殿、何があったか教えてもらえますか?」


「もちろんです。まず――」


 俺は依頼の顛末てんまつと彼女たちのことをランスロットさんに伝えた。

 ペンナックの依頼と彼の行い。そして最期。

 そしてルネさんが禁書庫の知識で作られたゴーレムであることも。


「なるほど。『禁書庫』の知識で作られた人と変わらぬ姿のゴーレムですか……」


「はい。危ないところで助けてもらいました」


「……それで、貴方たちも『禁書庫』を狙ってるってわけ?」


「はい。僕が元の世界に戻るために『禁書庫』の知識が必要なんです」

「………(こくこく)」


「ルネさんが狙われた理由だから、慎重になるのはわかります。でも、手がかりだけでも教えてもらうわけには行きませんか?」


「残念だけど……私はただの『知識』よ。『禁書庫』のこと自体は何も知らない」


「ゼペットさんは何か言ってなかったんですか?」


「なにも。彼のアトリエには何か手がかりがあったかもしれないけど――」


「ついさっき、全部灰になっちゃいましたね」


「そういうこと。ただ『禁書庫』の情報を求めるものはこの世界に多い。彼らが持つ手がかりを集めれば、あるいは……」


「いずれ『禁書庫』にたどり着けるかもしれない、と」


「そう。ペンナックに接触していた赤いローブの魔術師たちのことは知ってる?」


「それならイゾルデさんから聞きました。たびたび店に来ていたとか」


「彼らがそうよ。赤ローブの連中は『禁書庫』を求めている。ゼペットを殺したのはペンナックだけど、黒幕は彼らよ」


「ゼペットを?」


「そう。ペンナックをすぐに始末しなかったのは、彼らの情報を集めるためだったんだけど……手がかりはペンナックごと消えたわね」


「す、すみません。なんか僕たちのせいで……」


「いいのよ。向こうから襲いかかってきたんだから、どうしようもなかった」


「その赤ローブの連中って、いったい何者なんですか?」


「――おそらく、星のあかつき教団でしょう」


 ランスロットさんの言葉にルネはうなずいた。

 彼は連中のことを知っているらしい。


「ランスロットさん、彼らのことを知ってるんですか?」


「えぇ。私が現役だった頃、何度も検挙したことがあります。密輸、誘拐、殺人すらもいとわない、危険なカルト集団です」


 なるほど。ランスロットさんの説明で大体わかった。

 星の暁は、禁書庫を求めてテロ活動をしているカルト組織ってことか。


「ランスロットさんが禁書庫のことを教えてくれたとき、彼らの存在を僕に教えなかった理由がわかりました」


「はい。いくら禁書庫のためだとしても、危険すぎる組織です。できるだけ君を彼らに近づけたくなかった。しかし……それは失敗だったようですね。かえって君を危険にさらしてしまった」


「気にしないでください。ランスロットさんのせいじゃないです」


 まだ後悔の念があるのか、ランスロットさんは喉の奥でうなった。

 俺もランスロットさんと同じことをしたい気分だ。

 ルネさんを助けた以上、ぜったい連中とモメるよな。うげー。


 スラムの問題に加えて、カルト教団まで出てくるなんて、頭が痛いなぁ……。


「坊や――いや、ジローくん。君はこれからどうするの?」


「これまでと何も変わりません。マリアたちスラムの人たちをここから出すために冒険者としてのランクをあげ、禁書庫の情報を集める。それだけです」


『……いいの、ジロー様? きっといままでより危なくなるよ』

『ここで止めたら後悔も残らないからね。マリアも手伝ってくれるでしょ?』

『うん、もちろん!』


「そう。私はイゾルデの怪我けがが治ったらここを後にするわ。それまでは協力するけど、悪く思わないでね」


「――そうですか。残念ですけど、引き止めはしません」


 あばら家のなかに重い沈黙が降りる。

 誰も話そうとしない。そのときだった。ふと、小さな声が聞こえた。

 イゾルデさんが意識を取り戻したのだ。


「……ん」


「イゾルデ! 目が覚めたの!?」


「うん、あれ? あたし……なんで? 死んだんじゃ……」


「よかった……」


「あれ、うそ、手が? ってことはここは天国? ルネも死んじゃった?」


「いえいえ、ちゃんと現実ですよ。私は棺桶に片足を突っ込んでますが」


 ハハハと笑って言うが、ランスロットさんが言うと冗談になってない。

 僕はイゾルデさんに何が起きたのか説明する。


「イゾルデさんには僕の創造魔法で出した薬を使ったんです。効果は見ての通り……失った体の部位も元通りになる薬です」


「そんなの、まるで伝説の薬みたいじゃない! あいたた!」


「無理しないでください。大ケガには変わりないんですから」


「そうするわ。ね、ジローくん、アレってまだ持ってる?」


 イゾルデさんは自分の耳をとんとんと叩く。

 きっとクアンタム・ハーモナイザーのことだろう。


「もちろん。たくさん作ったんで良ければそのまま持ってくれても……」


「ごめん、ルネにも渡してくれるかな?」


「それは構いませんけど……」


 俺がルネさんにハーモナイザーを差し出すと、彼女は訝しげに見つめた。


「それ、なんなの?」


「ルネ、耳につけてみて。説明するより早いから」


「……?」




『ハァイ♪ 聞こえてる?』


『な、なにこれ?! ちょ、まさか……』


『ごめんね。だましうちして。この道具、お互いの心を読むんだって。ルネっていつもムスっとして言うことも言わないじゃん。だから、ね』


『はぁ……イゾルデったら、本当にイタズラ好きなんだから』


『フフ、やっぱルネはそういう顔のほうがいいよ』


『どういう顔よ……』


『アンタはいつも一人で生きていけるって顔してた。本当にそうなんだろうけど。でも、どっかにいって消えてしまいそうな、そんな雰囲気もあった』


『…………』


『口でいうと恥ずかしすぎるから、言えなかったけど……友達っていってくれて、ほんとに嬉しかった。いや、言ったっけ?』


『……イゾルデ、私はニセモノなんだよ。人間に見えるかもしれないけど、ただの造り物のゴーレムなんだ。私の心臓は動いてない、心だってきっと――』


『ウッソだー! こうして心で話してるじゃん』


『――あっ……』


『う~ん……またいい表情もらっちゃった』


『はぁ、私の表情をコレクションしたいわけじゃないでしょ。要点はなに?』


『……じゃ、マジになるね。ルネ、あの子たちは信用してもいいと思う。この道具を四六時中着けてられるぐらいバカ正直な心の持ち主だから。』


『この街にいて、お互いの心を丸裸にできるなんて……相当ね』


『でしょ? だからあの子たちは信じてもいいとおもうんだ』


『聞いてたの? イゾルデが治ったら私がここを去るって』


『うん。もったいないかなって』


『……ゼペットも、彼を殺したペンナックも死んだ。もう私がいる意味なんて――』


『それをいったら、アタシにだって意味なんてないよ。ルネ、ステップの意味を考えたら足が止まる。一度足がとまったら、もう何もできなくなる。』


『そうなったら、ルネはアタシがいたみたいなクソみたいな後悔だけの世界でしか生きていけなくなる。だから足を止めちゃいけないんだ。ルネ、踊りつづけるんだよ』


『私は……私はそれでイゾルデを殺しかけたんだよ! そんなの――』


『何もかも間違えた。もう手が付けられない。誰だってそう思うときがある。だから足が止まってしまう……前のほら、新人が入ってきた時のアレ、覚えてる?』


『アレはひどかったわね。』


『――でもルネは踊った。取り返す以上にとびっきりうまく踊った。

 みんなが感心するくらいに』


『……………』


『無理なんて言わないよね。ルネは私たちのスターだもん』


『――えぇ。』


 ニセモノはニセモノらしく、終わりにしようと思ったんだけどな。

 こうも言われちゃ逃げ道がないじゃない。


 彼はステージを用意できる。なら、私がすることは一つだけ。

 ……踊るだけだ。



◆◇◆


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