墓守

 少しづつ光にくらんだ目が慣れてきた。

 ランタンの光の後ろには、重たいレインコートを来た男性がいる。

 しかし、コートのフードを被っているせいで顔はわからない。


「お前たち、りずにまた墓を壊しに来たのか!!」


「いえ、僕たちはゴースト退治に雇われた冒険者です」


「ゴースト退治だと? バカげてる。彼らを呼び起こしたのは誰だと思っている!」


 光の向こうから怒気のこもった声をぶつけられる。

 相当頭に来ているようだ。


 その気持ちがわかるだけに何とも言えない。

 あいつらがここでやってること、ムチャクチャだもの。


「はい。その問題の学生たちに言われて来ました。墓守さんですか?」


「そうだ。」


「何があったか教えてくれませんか? 僕たちを雇った学生は、墓守さんが死霊術を使ってゴーストを呼び寄せたと言っています」


「……呆れてものも言えんとはこのことだな」


「同感です。この墓を直したのは墓守さんですよね」


「あぁ、ひどいものだった。ここに眠る者たちは身寄りがなく、放浪の日々を強いられていた者たちだ。ようやく最期の安息を得たというのに……たわけが」


『ジロー様、墓守さんは悪い人じゃないよ。この墓場に眠る者たちを見守り、慰めている。眠った死者を呼び起こし、苦痛を与える死霊術なんて使うはずない』


『うん。学生たちより、墓守さんの言い分が正しそうだ』


「墓守さん。ここで何が起きたか、それを詳しく教えてくれませんか?」


「……お前たちはあのうつけ共とちがって話が通じそうだな。来い」



◆◇◆



 俺とマリアは墓守の小屋に通された。小屋は小さく、墓で使う道具と一緒に無数のハーブやドライフラワーが吊るされていた。


 小さなストーブが部屋を温めていてこの中は暖かい。

 落ち着いた花の香が漂い、部屋の中にいるとどこかほっとした。


「まぁ座れ」


 そういって墓守さんはフードを脱いだ。

 墓守さんは、白髪の長い髪を後ろに束ね、大きな鼻をしたおじいさんだった。

 どこか白雪姫に出てくるドワーフのような雰囲気がある。


 俺とマリアは小さなスツールに腰掛け、疑問をぶつけてみた。


「ゴーストが現れたのは、学生たちが墓を壊したせいなんですか」


「そうだとも。それ以外に何がある?」


「彼らは学説の立証のために墓を破壊したそうですね」


「……色んなろくでなしを見てきたが、あんなのは初めてだ」


「僕らは墓場の入口で学生たちと話しました。なんというか……自分たちが何か悪いことをした、そんな風には少しも思ってなかったですね」


「まったくだ。ロンリがなんだの、知性の光で照らすだのとわめいていたがな」


「あぁ、言いそうですね」


「あのバカ者ども、わしに『もっと頭で仕事をするべきだ』とか抜かしおった。まったく、土に指図するだけで穴ができるか? ひとりでに重石が動くか?」


「そんなに言うなら、彼らには頭突きで墓を壊してほしかったですね。きっと静かになったのに」


「ハハッ! その通りだな!!」


「――それで、墓場のゴーストはもう消えてしまったんですか? 無縁墓地にはゴーストの姿はなかったですが」


「いや、消えてはいない。無名戦士たちは怒りに駆られて現世に留まっている」


「無名戦士たちがゴーストに?」


「あぁ。放浪者たちの霊は落ち着かせることができたが、彼らは無理だった。戦士のほこりを傷つけられたからな」


「……?」


「血肉が果てようとも、石に千年の名を刻む。それが戦士というものだ」


「なるほど……学生たちが破壊した墓石は、ただの石じゃなかったと」


「そういうことだ。無名戦士の墓には、帝国との戦いでシルニアのために命を捧げたものたちがほうむられている。墓石はシルニアと彼らの唯一のであり、名を失っても彼らの気高き行いと存在を証明するものだった」


「だが、あのバカどもはそれを押し倒し、砕きやがったのだ!!」


「……無名戦士たちがレヴナントになってないのが不思議です」


「まったくだ。死人の彼らのほうがずっと立派で分別ふんべつがある。あんなのでも、彼らが守ろうとしたシルニアの子だからな」


「戦士たちの言い分は、学生たちの処罰ですか?」


「当然だろう。墓石は彼らの体。つまり殺人と同じだ。古き習わしによれば、殺人の罰は被害者と同じ重さの銀を支払うか、しばり首になるかのどちらかだ」


「…………。」


『マリア、俺は無名戦士のゴーストを退治するのはどうかと思う』

『私も。何か方法がないかな?』

『うーん……墓守さんに心当たりを聞いてみるか』


「墓守さん。僕たちはゴースト退治の依頼を受けましたが、ゴーストを退治することが正しいこととは思えません。何か方法がないでしょうか?」


「……小さな冒険者さんたち。その考えは善良で素晴らしい。でも、あんたたちが何をしようとしているか、それを理解していることを望むよ」


「彼らの怒りを収めるために、剣を使わずに交渉するのは難しいですか?」


「それは難しいだろう。剣を使って交渉するなら話は別だが」


「剣を使って交渉? どういうことですか」


星明せいめい裁判だ。星はすべてを見る。故に正義ある者に勝利を与える」


『えーっと……』


『むかしからある裁判の方法だよ。決闘でどっちが正しいか決めるの』

『あぁ、そういう……』


「つまり、ゴーストとの決闘ですか」


「そのとおりだ。この問題を収める方法はそれ以外になかろう」


『マリア、勝てそう?』


『……問題ないと思う。聖騎士だもん』


『だよね。君の剣を信じてるよ』


『うん、任せて!』


 よし、そうと決まったら無名戦士の墓に行こう。

 彼らと話をつけられる可能性が出てきた。


「……わかりました、やってみます」


「本気か? 死したとは言え、無名戦士たちは強者ぞろいだ。お前たちでは何もできずに取り殺されるのがオチだぞ!!」


「墓守さん、このノートを預かってください。もし僕たちが明日になってもこの小屋に戻らなかったら、冒険者ギルドにこのノートを届けてください。ギルドの人が次の手を考えてくれるはずです」


「……わかった。そこまでの覚悟があるなら止めはしない。――幸運を」


「はい、いってきます」




◆◇◆




※作者コメント※

墓守さんとの会話シーンのBGMはウィッチャー3、ケィア・モルヘンのテーマ流して書いてたんですが、次第に墓守がヴェセミルおじさんに見えてきたな…


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