第4話 部長の裏切り

 絶望のまま、廊下で燃えつきていた俺は、全校集会を欠席した。

 誰も俺がいなくなっても気に留めていないのだろう。

 気分が悪くなったからという大義名分のまま、保健室に行って、養護教諭に許可をもらって、ベッドで休ませてもらう。


 もちろん、眠れるわけがない。屈辱と恐怖と絶望。ボロボロになった心と身体をなんとか持ちこたえさせようと俺は白いベッドの上で震えながら時間を過ごす。


「念のため、担任の先生には私から伝えておくわよ」

 養護教諭がそう言ってくれたので、短く「お願いします」と伝える。担任の先生は、今頃、全校集会の誘導やら2学期の学級委員の人選、文化祭の実行委員決めなどで忙しいはず。だから、俺の所にはきっと来ない。そう確信みたいなものがあった。


 どうして、誰も助けてくれないんだ。

 それはきっと、美雪の生活態度や学業の優秀さもあるだろう。前期の学級副委員長を務めて成績も優秀な彼女の証言は強すぎる。


 教師陣も俺の言葉より彼女を信じるに違いない。だから、誰にも相談できない。親や兄貴にもだ。


 ふたりは、俺を学校に行かせるために、死んだ父さんの分まで頑張ってくれている。今の俺の状況が二人に伝わって落胆させてしまったとしたら……


 俺は生きている価値もないはずだ。


 親友で恋人だったはずの美雪に裏切られた時点で、完全に詰んでいる。あと1年半、どうやってこの生き地獄に耐えていけばいいんだ。


 ズボンのポケットに入れておいたスマホが震えた。

 見たこともないSNSのアカウントからだ。意味が分からない適当な文字列で作られたアカウント名。捨て垢だな、きっと。


 思わずそれを開いてしまった。ありもしない誰かの助けがあるかもしれない。そんなはかない希望にすがっていたんだ。


《早く自主退学しろよ、犯罪者》

《全校集会さぼって、被害者気取りですか? 一番つらいのは天田さんだよ、卑劣野郎》

《そんなに苦しいなら早く死ねよ》


 そこに善意なんてものはなかった。

 あるのは人の悪意だけで。


 もう、俺には何も残されていない。


 また、スマホが震える。俺が所属している文芸部の立花先輩からだった。

 彼女は、いつも優しそうな笑顔を浮かべている優しい先輩だ。

 もしかしたら、彼女なら……

 さっき捨てたはずの甘い考えがよぎる。


《ごめんね。本来ならキチンと口で伝えるべきだと思ったんだけど》

《実はね、あなたが天田さんにしたことのせいで、部員の皆が怖くなっちゃったみたいで》

《本当に申し訳ないんだけど、もう部活には来ないで欲しいんだよね》

《ごめんね》


 俺が既読マークを付けると、彼女からのメッセージは止まった。

 違う、俺はやってない。

 そう書きこもうとして、送信ボタンが押せなくなっていることに気づく。

 このアカウントからは、あなたはブロックされています。そんな無慈悲なエラーメッセージが何度も表示されていた。


 追い打ちをかけるように、全校集会を終えた学生たちが体育館から帰ってくる物音が聞こえた。


『ねぇ、部長? ちゃんと伝えてくれました?』

『うん、今メッセージ送ったところだよ』

『やっぱり、会うのは怖いですよね』

『ちょっとね』

『でも、あいつが書いた原稿どうします? 文化祭で売る部誌の……』

『捨てちゃお。さすがに、部活の名誉が傷ついちゃうもん』

『ですよね~ウケる』

『しょうがないよね』

『あいつ才能もない癖に、原稿だけは頑張っちゃうだもん。本当に痛いよね』


 俺がここにいることを知らないのだろう。立花部長は、部員の誰かと話していた。

 

 音もなく涙がこぼれていく。先生に見つからないように、白い布団にくるまりながら、声もなく絶望に震えあがった。


 いつも優しくしてくれていた部活の先輩たちも、結局、俺のことを信じてくれなかったわけだ。


 どうすればいいんだ。

 答えのない問いに俺は絶望しか口にすることはできなかった。


 ※


 あまり、保健室に長くいては怪しまれる。

 親に伝わってしまうかもしれない。だから、少し良くなったので、教室に帰ると伝えて、俺は保健室を後にする。


 廊下にいても、すぐに教師に見つかってしまうだろう。

 変なところだけは頭が回る。


 階段を目指して進んだ。もう授業は始まっているようだ。誰もいない。少しだけ救われた気持ちで、階段を登る。


 屋上に繋がる踊り場で足を止めた。ここなら誰にも見つかる心配はない。

 そこに座り込む。このままここで時間が終わるの待つしかない。

 今日はとりあえず慣れよう。人の悪意に。いつか心が完全になれるまで、我慢すればいい。


 なんとなく屋上に繋がる扉のノブに手をかけた。普通なら防犯や安全のために施錠せじょうされているはずのノブが簡単に動く。


 チャンスじゃないかと思わず考えている自分がいた。屋上から飛び降りれば、簡単に楽になれる。


 扉を開けるとよどんだ空が広がっていた。まだ、夏の香りが残っている。

 誰もいないはずのこの場所にすでに先客がいたことに気づく。


 彼女の短い黒髪が揺れていた。俺が扉を開けた音に気付いたのか、先客は驚いたようにこちらを振り返る。


「あなたは?」

 整った顔たちの女の子が警戒したようにこちらを見ていた。

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