第182話 英治vs部長
部長は少しおびえた様子で、部室に入れてくれる。
ポケットを少しだけさわって、俺も深呼吸しながら部屋に入る。なんだか、懐かしい気分になる。まだ、そんな時間が経っていないから感想が生まれるはずがないんだけどな。
俺たちは、向かい合って座る。
「それで話って?」
彼女が早く話すように促してきた。すでに、決裂している関係だから、当たり前だな。
「松田さんから伝言を聞いていますか?」
「伝言?」
どうやら、まだ伝わっていないらしい。なら、好都合だ。
「ええ、彼女に言ったんですよ。これ以上、俺の大事な人たちに危害を加えようとしているのなら許さないって」
こちらは怒気をわかりやすく伝えると、彼女はため息をつきながら冷静に返す。
「何を言いがかりをつけているの? 私たちが何かしているって勝手に言わないで」
あくまでもしらを切り通すつもりらしい。ここまでは想定内だ。
「これは、警告です。そして、それだけが本題じゃない」
もう、部長たちの言い訳はどうでもいい。これ以上、無様に逃げようとしないでくれ。
「……っ」
「部長、率直に言います。俺の原稿を返してください」
その言葉を伝えた瞬間、彼女は不思議な表情を浮かべていた。
彼女は、俺の切り札に気づいていないようだ。
「なにを、いまさら。学校の調査でも話したわ。英治君の原稿は、いつの間にかに盗まれていたのよ。この部室からね。あなたをいじめていた主犯であるサッカー部の仕業で、私たちは関与していないわ。だから、返せなんて言われる筋合いない」
「そうですか。一つも残っていないんですか」
「ええ、そうよ。もう一つも残っていないわ。納得してくれた?」
彼女は、強気な姿勢を崩していない。でも、彼女の主張には矛盾がある。
「いえ、全く納得できませんよ。立花部長。あなたの作った物語には矛盾がある。それじゃあ、俺は納得できません」
彼女のプライドを一番揺さぶるように言葉を選んだ。こう言われてしまったら、彼女は乗ってくるしかない。
「何を言っているの!? 私は真実を話しているだけよ。今日の英治君は、どうしてそんなに言いがかりばかりつけてくるのよ」
明らかに激高している部長の姿を見て、元弟子として悲しくなる。どうして、こんな簡単な矛盾すら見逃してしまうくらい追い詰められているんだ。それが、彼女が何か嘘をついているという間接的な証拠なのに。
「じゃあ、聞きます。俺の原稿ってどうやって保管されていたんですか。たしか、他の部員の原稿と一緒に大きなファイルに入れて綴じられていましたよね。鍵のついた本棚の中に?」
書棚に年数ごとの部誌の原稿が綴ってある。そして、今も同じように整然と順番通りに鍵のついた本棚の中に並べられていた。
「そ、それが……なによ?」
「おかしいじゃないですか。そんな忍び込んだ犯人がいたとして、鍵を探し出して、ファイルに綴られた無数の原稿から俺の原稿だけをピンポイントで盗んでいく。部外者が短い時間でそんなことできるわけがない。誰か協力者でもいなければ、無理です」
実際、一条さんが部室から俺の原稿の一部を取り戻してくれた時も、林さんが鍵の隠し場所や原稿の保存方法を教えてもらったからできたわけで。つまり、部外者が俺の原稿を盗んだとすれば、誰かしらの内部の協力者がいなければ成立させることは難しい。
「さらに、部長は俺の原稿は一つも残っていないと言っていましよ。ならば、犯人はこの部室に保存されている無数の原稿から、俺の原稿だけをピンポイントで選んで、全部持ち去ったんですか? 部外者がそこまでできますか。普通ならひとつくらい残っていないとおかしいんですよ」
部長の表情が見る見るうちに白くなっていく。もし、部長が一部原稿を返却できると言ってくれたら、この筋書きは使えなかったはずなのに。自分から墓穴を掘ったようにしか見えない。
「違う、私は知らない。私以外の誰かが協力したのかもしれないけど。それなら、私も騙されたのよ」
早口でまくし立てるように自己弁護を述べていく。
「そうですか。ですが、俺はあなたを信用できない。部長、何度も言います。俺の原稿を返してください」
この発言は、彼女が犯人であると断定しているもので、彼女を追い詰めるためにあえて言い放つ。
「いい加減して。ないものはないのよ。知っているわよ、英治君、プロデビューするんでしょ。もういいじゃない。デビューが決まって、調子に乗ってるの? ふざけるのもいい加減にして!!」
彼女の足元に文庫本が折れて落ちているのが見えた。
これが限界か。
「部長、そこまでわかっているのなら、わかるでしょう。もし、あなたが俺の原稿を処分したのなら……あなたは、物書き失格ですよ。あなたの行為は、自分が今まで頑張ってきたことへの否定に他なりません」
「黙れって言ってるでしょ。これ以上は何も聞きたくない。いいから出て行って。ここから、私の目の前から早く消えて!!」
交渉は完全に決裂した。だからこそ、大事なことは伝えておく。
「わかりました。ですが、最後に言わせていただきます。俺は、大事な人たちをこれ以上傷つけたりすることは絶対に許さない」
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