第224話 二人の夜
「じゃあ、あとはごゆっくり。若い二人だけで」
母さんは、そう言って、ケタケタと笑いながら、自室に戻ろうとする。
「いや、ちょっと待って!」
「これはさすがにダメですよ」
こちらが抗議すると、めんどくさそうに「なにが?」と聞き返してくる。
目の前には、俺のベッドとお客さん用の布団が敷かれている。俺の部屋で、二人で寝ろと⁉
「だいたい、普通、母親が止めて、子供たちが隠れてそれを破るのが普通なのに。二人とも優等生過ぎるわよ」
なんか、とんでもないことを言い始めたよ、この母さん。
「せめて、愛さんは、母さんの部屋で」
そう言っても、母さんは聞き入れようとしない。そればかりか、隣の愛さんに耳打ちしていた。俺にも聞こえるように……
「愛ちゃんは、英治と一緒に寝たいわよね? それとも、嫌?」
彼女は顔を真っ赤にして、「嫌じゃないですけど、まだ早いというか」とうつむいていた。
「大丈夫よ、少しだけ夜更かしして、英治といっぱいおしゃべりしなさい。たぶん、今の愛ちゃんにはそれが必要だから」
彼女は、少し悩んでコクリとうなずいた。もう、止めるわけにはいかない雰囲気が作られてしまった。
※
―一条愛視点―
「やっぱり、私が下で寝ますよ」
「だめ、お客さんを床で眠らせられない」
そう言われて、彼の優しさに心が温かくなるのと同時に、申し訳ない気持ちもほんのり感じる。
「寒くないですか」
「大丈夫、まだ九月だから」
そう言われてしまうと、思わず笑ってしまう。呼吸を整えようと、深い呼吸をすると服だけじゃなくて、布団や部屋の空気からも、センパイの匂いがする。頭が少しくらくらする。
「少しだけお話しませんか?」
動揺を隠すために、横になりながら、彼の方向を向く。
「いいよ」
彼もごそごそとこちらを向いてくれた。
「センパイは、いつから私のことを好きになったんですか?」
言ってから恥ずかしくなるくらいストレートな感情表現。からかうようで、こちらにダメージが入る。でも、今夜だけは嘘はつきたくなかった。
「一緒に学校を抜けただした時かな」
そっか。私と同じだ。
「どうして? あそこで好きになる要素ありましたか、私に?」
「俺のことを偏見なしに見てくれたことと、愛さんが思った以上に楽しそうに笑っていたから。想像していたイメージと違った」
「はっきり言ってくれますね。でも、あの日のことはずっと覚えていますよ。たぶん、あの日、私は久しぶりに心の底から笑うことができた。センパイのおかげです」
それに続く言葉は、口にできなかった。
私はあの日、偶然出会えたあなたに助けてもらって、一緒に学校を抜け出した時に、笑顔を思い出させてもらって、このキッチン青野でずっと取り戻したかった家族の温かさに触れさせてもらった。好きにならないわけがないじゃないですか。誰かを頼ることが苦手な私が、ここまですべてをさらけ出せる人なんていない。
だから、私は青野英治という男性と恋に落ちた。
「センパイ、少しだけそっちに行ってもいいですか?」
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