第212話 遠藤にとっての希望
―遠藤視点―
ゆみは、とてもまっすぐに俺を見つめる。
窓から入ってくる夕焼けの光のせいで、顔は真っ赤に染まっている。いや、それを太陽のせいにしているのは、まだ俺が弱いからだ。
中学時代。浮気されて誰も信じられなくなった。そして、男としての自信も失った。俺はもう誰にも愛されないんじゃないか。ずっと、そう考えていた。
今回の近藤たちの件もそうだ。これは俺個人の復讐で、誰も巻き込むわけにはいかなかったから。
だから、今の状況は……
俺には許されないものだと思っている。曲がりなりにも、復讐に手を染めた自分にこんな幸福が舞い込んでいいのだろうか。
自分は弱い。一度、地獄に落ちる覚悟を固めたはずなのに……
ゆみのもとへと帰りたい。
※
「ばいばい、一樹。親友のエリと付き合っていたからずっと我慢してたけど……たぶん、あたし、キミのこと好きだったんだと思う」
※
あの日。別れ際に言われたあの言葉の返事をあえて告げないようにしてきた。
それは逃げだった。
ずっとずっと、逃げ続けてきた。あの日からずっと。
なのに……
「一樹はすごいよ。一度、立ち止まったのに、また歩き始めたんだから。尊敬している。学年なんて、関係ないよ。ずっと、ずっと、尊敬しているからね」
ゆみは、そんな俺を認めてくれた。そんな俺を尊敬していると言ってくれた。
復讐が終わった後、空虚になりかけていた自分の心が埋まっていく。
「一樹とまた会える時のために、今まで頑張ってきたんだよ……私」
ここで自分の人生をあきらめてたまるか。改めてそう思った。
ここまで言ってくれているゆみに対して、もうこれ以上逃げることはできない。
泣きそうになりながらも必死で自分に誠意を込めて接してくれる女の子に対して、自分も向き合う時がやってきたのだと思う。
「ありがとう、ゆみ。そして、ごめん」
俺は、彼女に対してきちんと向き合って、今までの感謝を伝える。
彼女は一瞬泣きそうな顔で固まる。一瞬、しまったと思った。たぶん、彼女を勘違いさせてしまっていると自覚しつつも、自分の気持ちを止める方法はなかった。
「ずっと、逃げ続けてごめん。あの日。俺の部屋で、ゆみの本心を聞いて以来、ずっと待たせてごめん」
俺は必死に頭を下げる。
「ち、ちがうよ。あの時のあれは……せめて、最後に本心を伝えたかったからで。返事をもらえるものとは思ってなくて……私のわがままで、もしかしたらずっと一樹のことを苦しめてしまったんじゃないかとずっと怖くて……」
お互いに、あの日からずっと抱えていた後悔を語り合う。でも、間違っている。ゆみが気に病むことはない。そもそも、あの言葉は……俺にとっては青野や今井と並ぶくらいの……
「違うよ。あの言葉は、俺にとって……あの地獄みたいな生活で、唯一の希望だったというか。あの言葉がなければ、立ち直れなかったというか。たぶん、ゆみがいなければ……俺は腐ってた」
だから、かもしれない。俺が逃げようとしていた理由は……
「よかった。少しでも、私、一樹の役に立てていたんだね」
彼女は安堵したように笑う。
「少しなんかじゃない。俺にとっては、すべてだったよ」
感情を正確に伝えたい。でも、この感情を正確に伝えるすべを持たないのがもどかしい。心臓が高鳴っていく。落ち着けと何度も言い聞かせても、そんなこと知ったことじゃないとばかりに運動していく。何年待ったかわからないその瞬間を迎えるために。
「そっか、よかった」
彼女は泣いているように見えた。こんなことは傲慢なのかもしれない。でも、今の俺じゃ、彼女の涙を受け止めるためには特別な理由が必要になる。もう、そんな面倒なことする必要がない関係になりたい。
ただの幼馴染じゃなくて……
もっと、その先に進みたい。
「ゆみ。こんなこと言うのは遅すぎるかもしれない。でも、聞いてほしい」
ゆみは、俺の目をゆっくり見つめて頷いてくれた。
「俺は、君のことが好きです。付き合ってください」
やっと言えた。目の前の彼女は、少しだけ驚き、すべてを見通したように頷きながら、笑いながら言う。
「はい、喜んで」
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