第213話 近藤"くん"

―近藤視点―


 連日の取り調べと家に帰れないという事実が俺の心を蝕んでいた。

 どうすればいいんだ。何を言っても信用してくれない。自分の将来がどうなるかもわからない不安。親父はどうなっているんだろう。あの弁護士が断片的に伝えてくる情報しかない。会社が潰れるなんて言っていたけど、あれは嘘だよな。


 俺、退学になるのかな。どうしよう。せっかく3年まで来たのに。このタイミングで退学かよ。それに今まで頑張ってきたことも全部、失うことになるんだよな。


 毎晩、そんなことを考えて震えている。

 また、弁護士が来たみたいだ。俺は幽霊のようにふわふわと歩きながら、面会に赴いた。


 ※


「やぁ、近藤くん。ずいぶんとボロボロだね」

 弁護士のジジイは、こちらの顔を見るなり、苦笑していた。

 そんなに俺の顔はひどいのか。


「うるせぇ」

 なんとか絞り出したが、声はかすれて弱々しい。自分でも、情けないくらいの虚勢を張っているチンピラのようだ。


「そうかい、そうかい。まだ、虚勢を張るんだね。すごいなぁ」

 ジジイは能天気にそう笑っている。


「てめぇ」


「そう怒らないでよ。僕は一生懸命に君のことを思ってアドバイスしているじゃないか。近藤くんは、聞く耳をもたないけどさ」

 こいつ、いつか殺してやる。


「くそ、どうして、俺はこんなことに……」

 思わず弱音がもれた。こんなやつに弱気になりたくないのに。


「あのさ、近藤くん。もういい加減にした方がいいよ。そんな態度取ってても、もう遅いんだよ。サッカー部の期待の星だったころの君なら、そういう態度でも誰かが勝手に助けてくれたかもしれないよ。でも、今は違う……」


「うるせぇ。お前に俺の何がわかる⁉」


「また、そうやって、本当のところを言われたら、怒り出す。そして、話はそこで止まる。君のお母さんもあきれていたよ。いい加減、大人になったほうがいいよ」


「なんだと‼ 雇われの身の癖に……雇い主の俺に指図するんじゃねえ」


「本当に救いのない人だね、きみは。いいかい、そうやって君が無駄に僕との話し合いの場を潰しているうちに、どんどん不利な立場に追い詰められているのがわからないのかい? このままではほぼ少年院送致だ」


「はぁ、少年院だと⁉」

 なんで、俺がそんな所に行かないといけないんだ‼


「近藤くん。僕は何度も説明したよね。それに警察もある程度は、説明してくれているはずだけど、もしかして、理解していなかったのかい? なるほど、そういうことか」

 思わず鋭い眼光に背中から冷汗が垂れる。そういえば、このジジイや警察が、保護観察とか少年院とか意味の分からないことを言っていた。俺が悪いわけがないから、無視していたけど……まさか……


「おい、ジジイ。もしかして、俺はここから出られるのか。あんたの言うことを聞けば、出られるんだよな⁉」

 少年院に送られるって脅しをするということは、それを避けることもできるはずだ。そんな道があるならこのジジイの言うことだって聞いてやる。


「本当にガキだな、近藤くんは。そうだね、普通なら、君は初犯だし、保護観察になる可能性が高かったね」

 ガキと言われて、少しムッとしたが、あえて聞き流す。


「保護観察ってなんだよ⁉」


「何度目かな、この説明? 簡単に言えば、君のように悪いことをして捕まった少年が、施設ではなく社会内で生活して更生を図る方法だね」


「つまり、外に出られるってことだよな⁉ なんだよ、そういう制度があるなら先に言えよ‼」


「でも、もう遅い……」

 老弁護士は、社会の厳しさを教えるかのように冷たく言い放った。


「はぁ⁉ どういうことだ」


「まず、君の今までの態度だ。大人しく警察が家に来た時に、逃亡を図ったうえに、警官に抵抗した」


「それは不可抗力で……」


「もし、あの時、抵抗しなければ……学校の退学は回避できたかもしれない」


「はぁ⁉」


「君が無駄な暴力を振るい、警官に迷惑をかけて、挙句の果てに学校の近くに逃亡し逮捕された。自分から逮捕を学校にばらしたようなものだ。運が良ければ、学校には内緒で処理できた可能性が完全に消滅した」


「……うそだろ」

 ジジイは続ける。


「さらに、こちらのアドバイスを無視して、取り調べには徹底抗戦しているんだろう? 反省の余地もなく、逮捕されたときの逃亡劇も考えれば、警察の心証はかなり悪い。このまま外に出してしまえば、被害者への逆恨みによる二次被害や証拠の隠滅、逃亡なんかも心配されるだろうね」

 今までのアドバイスや説明しようとしていたことの本当の意味が繋がっていく。

 なんで、俺は意固地になって今までちゃんと聞かなかったんだろう。


「じゃあ、俺は……」


「そうだね。自分で自分の可能性を捨ててしまったんだ。僕の雇い主である君のお母さんも、絶望しているよ。自分一人で君を更生に導ける気がしないとね。正直に言えば、僕も手を焼いている。我々は一度、きちんと更生施設に入ったほうがいいんじゃないかと思っている」


「俺は絶対に行かないぞ、外に出るんだ」

 だが、その淡い希望すらこの牢獄では簡単に否定されてしまう。


「近藤"くん"、それを決めるのは、キミではない。自分が裸の王様だったことに早く気づくべきだ」

 

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