第211話 一樹と会うために
―堂本ゆみ視点―
お父さんが担当している事件は、一樹が通っている学校で起きていた。
中学校の同級生たちも近藤君や立花さんの件で噂がもちきりみたい。
「なんだか、大変なことになっちゃったな」
捜査の進捗が気になる。お父さんにどうなっているか聞いてみようかとも思ったけど、無理よね。真面目なお父さんが教えてくれるわけがない。
こんな大変な時に、一樹に連絡しても大丈夫かな。少しだけ躊躇しながらも、「会いたい」とメッセージを送ると、彼はすぐに返信してくれた。
「じゃあ、明日、駅前で!」
いつになく元気な文章を朗読してしまった。沈んでいた気持ちがどこかに吹っ飛んでしまった。
私はすぐにメッセージを送る。明日は進路相談の三者面談があるから、学校は早く終わる。一樹の終業時間に合わせて、待ち合わせすることにした。
私たちは、数年間の離別を埋めるかのように、頻繁に会っていた。一樹に受験勉強大丈夫なのか心配されるくらいに。
でも、明日は嬉しい報告もできるはず。
彼は喜んでくれるかな。
期待に胸が膨らんで、私は英単語帳を開いた。今日、最後の追い込みだ。
※
―翌日 駅前―
三者面談に来てくれたお父さんは、すぐに仕事に戻らなくてはいけないとかで、職場に戻ってしまった。どんなに忙しくても、家族の大事な行事を優先してくれるお父さんが大好き。
「お待たせ、早かったね」
一樹は、私のほうが遅くなると思っていたみたいね。
「ううん、実は今日は三者面談だったから、学校早く終わったの」
「ああ、それでか」
そう笑いながら、いつものカフェに入る。ここはパンケーキが有名だけど、一樹は暑がりだから、この時期はかき氷を頼む。やっぱり。口に出さなかった予想が当たって一人だけ微笑む。
「ん?」
「いや、一樹はやっぱりかき氷だよねって。そういうところも変わらないな」
「悪かったな、成長してなくて」
再会してから一樹はずっと冷たい表情を変えなかった。まるで、自分が幸せになってはいけない。そんな覚悟を固めていたように見えた。
でも、最近はなにか憑りつかれていたものが落ちたみたいに、優しく笑うようになってくれた。
「ううん、いつもの一樹だから、嬉しい」
私がそう返すと、彼は恥ずかしそうに苦笑した。
「三者面談どうだった?」
「うん。第一志望の女子大に指定校推薦がもらえそうなんだ。担任の先生も気を抜かなければ、問題ないってお墨付きもらえた」
嬉しそうに話すと、彼は驚いたような顔からにこりと笑う。
「すごいね、おめでとう」
彼は心の底からそう言ってくれているのが分かった。でも、どこかに複雑な気持ちが見え隠れしている。
一樹は、自己肯定感が低い。あんなことがあったから仕方がないけど、それでも低すぎる。
「一樹、私がまた遠くに行っちゃうと思って、少し悲しくなったでしょう?」
こちらの直球に、彼は思わず水を持ったまま固まってしまった。
「思ってないよ」
「え~、本当かな? 怪しいな」
私がからかうと、少しだけ機嫌を損ねたのか、そっぽを向いてしまう。でも、照れ隠し特有の仕草だとわかっている。付き合い長いもん。
「いい、一樹? 私が遠くに行くわけないじゃん。会えなかった3年間があんなに苦しかったのに……そんなことするわけないじゃん」
「ゆみ?」
彼は心配するように、こちらをのぞき込む。自分が泣きそうになっているから、心配してくれている。
「一樹はすごいよ。一度、立ち止まったのに、また歩き始めたんだから。尊敬している。学年なんて、関係ないよ。ずっと、ずっと、尊敬しているからね」
こういう時だ。もう、包み隠さずに全部、さらけだしてしまおう。
感情の暴走が止まらない。でも、止めるつもりもない。
「一樹とまた会える時のために、今まで頑張ってきたんだよ……私」
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