第84話 血の月曜日事件(サッカー部)

―昼休み、サッカー部上田視点―


 俺たちは、食堂から教室に戻る。正午を30分すぎていた。

 廊下を適当に歩いていると、ポケットに入れていたスマホがかすかに動く。サッカー部の連絡用ラインがメッセージの通知を鳴らしていた。


 ※


「大変だ。近藤先輩が逃げたらしい」

「はぁ!?」

「さっきの全校集会で、暴力事件の件で話があった後、天田が倒れただろ。あの混乱の途中に先輩が体育館から走って逃げていくところをみたってやつが……」

「なんだよ、それって。あの人のせいで俺たち巻き込まれたのに……一番責任がある人が一番先に逃げるなんて」

「つまり、近藤先輩の件で警察も動いているってことじゃん。俺たちだってヤバいぞ」

「どこまでバレてるんだ。俺たちも拡散に協力したことか。それとも、いじめに加担したこともか。暴力ってどこまでが暴力なんだよ……」

「どうするんだよ。俺、スポーツ推薦もらうために、最低でも県のベスト4に入らなきゃいけないのに。どうするんだよ、大会出られるのかよ」

「出られるはずがねぇだろ、バカ野郎」

「お前、先輩に向かってなんて口を……」


 ※


 阿鼻叫喚の地獄絵図。

 誰もが泣き叫んでパニックになっている。血の気が引く音がした。倒れられるなら、俺の方が倒れたい。


 地獄にもう一つの燃料が投下された。


 ※


「そもそも、近藤が警察に狙われているってことは、誰かが裏切ったんじゃないか。俺たちの中に裏切り者がいるぞ」

「だよな。こんなに早く動くってことは……」

「おい、監督から連絡があったぞ。しばらく、サッカー部は休みになるらしい。詳しいことはいえないって」

「嘘だろ……」

「完全にサッカー部狙い撃たれる。俺たちはもう……」

「いま、キャプテンが担任に呼ばれて別の教室に連れていかれた」


 ※


 リアルタイムに進行していく事態に、全員が恐怖に駆られていく。次に教師に連れていかれるのは自分かもしれない。


 いや、むしろ俺か相田だよな。だって、この前、事情を聞かれたし。あの時はすんなり終了したから安心してたけど、もしかして俺たちは泳がされていたのか。そうだとしたら……


 廊下に靴音が響いた。恐怖を感じて後ろを振り向くと岩井学年主任がにこにこと立っていた。担任の高柳じゃなかったことに少し安心したが……


 学年主任は、冷たい笑顔でこう言った。


「すまんな、上田。ちょっと聞きたいことがあるんだ。生徒指導室まで来てくれるか?」

 直感的にヤバいと思った俺は言い逃れようとする。


「いや、この後授業だし。それに……」


「大丈夫だ。今から上田には授業よりも大事なことを教えなくちゃいけなくなったからな、こちらから次の教科の先生には話してあるよ。それに思い当たる節くらいあるよな?」


「いや、あのその」

 うまく言葉が出てこない。先生は今まで見たこともない冷たい表情で続けた。


「無理に逃げようとするなよ。もう、こちらは全部つかんでいるんだぞ」

 目の前の学年主任がポケットから取り出した紙をこちらに見せる。

 それは、サッカー部の2年生によるグループラインのメッセージ履歴だった。

 そこには、俺と相田が青野に嫌がらせをしようと計画していた一部始終が書かれていた。


 ※


「そもそも、青野ごときが、天田さんと付き合ってるのがやばいよな。分不相応だし」

「だよな。先輩たちも、同じ学年の俺たちがしっかり教育してやれって言ってたし、やるしかねぇんじゃね」

「だよな。美人の彼女に暴力を振るっていたなんて許せねぇ」

「近藤先輩とキャプテンに言われちゃったらやるしかないでしょ」

「よし、朝練のあと、俺たちのクラス集合な!!」


 ※


 仲間内の絶対にばれないはずのメッセージが、どうして……

 すぐに答えは出た。誰かが自分の身かわいさに、俺たちを売ったとしか考えられない。


「違うんです。これは、ただ、ふざけてただけで」


「ああ、そうか、そうか。でも、校長先生言ってただろ。心当たりがある生徒や何か知っている者がいれば、正午までに担任の先生に申し出てくださいってさ。あと、これは最後通告だって。意味分かってたよな? 詳細な話はさ、生徒指導室でゆっくり聞かせてくれ、なっ……時間ならたっぷりあるし」


 俺は足元が崩れ落ちていく錯覚をおぼえる。

 学校において、"サッカー部の大粛清"や"血の月曜日事件"とあだ名される大量処罰が始まりを告げた。


 

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