第85話 サッカー部の断罪
―サッカー部キャプテン視点―
俺は担任に連れられて、空いている化学準備室に来ていた。
ただならぬ空気感に嫌な予感を感じる。
いや、理解していたはずなんだ。でも、自分の中で認めたくなかった。
近藤のあんな写真が出回ってしまったんだ。追及が厳しくなる。その過程で、すべてばれてしまった。そう考えるのが一番合理的。
そこには、教頭がいた。
「どうして、ここに呼ばれたか、わかりますか」
いつも丁寧な口調でひょうひょうとしている初老の男だが、今日は残酷な死刑執行人だ。
「わかりません」
少しでも抵抗をこころみる。無駄だと知りながら。
「そうですか。僕はね、サッカー部のことを高く評価していたんですよ。県大会で毎回、結果を残していて、公立というハンデがありながらも、勇敢に戦っていたからです。でも、キミたちはいつからか傲慢になっていた。力がある者が、力に溺れてしまう。それを是正できなかった我々、教師サイドにも問題があるのでしょうね。それはとても反省しています」
こちらはすべてわかっていると言わんばかりの口調だった。
「……」
心臓の鼓動が早くなる。もう逃げられない。
「すでに、学校側は、近藤君の複数の問題行動の証拠を確認しています。そして、2年生の青野英治君のいじめ問題に、サッカー部の組織ぐるみの関与があったことも……」
冷たく淡々と理性的にこちらを追い詰めてくる教頭はまるでミステリー小説の名探偵のようだった。
「俺は何も……」
言い終わる前に、彼は首を横に振る。
「それは嘘だと私たちはすでにわかっていますよ。だから、無駄なことはやめてください。あなたはたしかに直接の関与はしていませんね。でも、複数の後輩に、青野英治君に対して嫌がらせをするように指示していた。これはあなたたちが使っていたメッセージアプリのトーク履歴です。さらに、あなたが持っているSNSの裏アカウントもこちらは把握していますよ。嘘の情報を拡散し、後輩をけしかけた。念のために確認します。あなたはいじめの首謀者の一人ということで間違いありませんか」
冷や汗と動悸、後悔と恐怖。負の感情が一気に押し寄せてくる。そして、教頭の迫力に思わず、すべて認めてしまう。
「はい。たしかに、やりすぎました。謝ります。学校にも迷惑かけました。でも、今後は反省して、今まで以上にサッカーに……」
必死の言い訳と反省の弁を続けようとするも、教頭は手をパチンと合わせて、言葉が止まる。
「謝る? 学校にも迷惑をかけた? 今まで以上にサッカーを頑張る。本当にそう思っていますか」
その口調にわずかに希望が見えた。食い気味で俺はうなずく。
「はい。嘘じゃありません。今後は真面目に……」
「キミたちが一番最初に謝まらなくちゃいけないのは、青野英治に対してだろっ!!」
見たこともないほど激高した口調で叫んだ。思わず言葉すら失って、音の発生源を見つめることしかできない。
「まずは、被害者に謝りなさい。今は自分のことや保身を考えるべきじゃない。いじめは、犯罪行為だ。もう、それが許される時代じゃないんだよ。キミがやったことはひとりの人間の人生をめちゃくちゃにする行為です。その本当の意味を、キミはわかっていないようですね。青野君の保護者の方は、すでにいじめに関しても、警察に被害届を出しています。おそらく、あなたたちサッカー部やいじめに関与した学生にも、民事で損害賠償請求などの裁判を起こすはずです。そうすれば、学生であるあなたたちでは何もできない。保護者の方が責任を取ることにもなる。本来、部員を守るべきキャプテンのあなたが、不用意なことをしたことで、部員すら地獄に落とした。キミはキャプテン失格だ」
ドライアイスのように冷たい剣が心臓をえぐり取る。
教頭は無慈悲にこちらを見ている。
「サッカー部は、サッカー部はどうなるんですか」
「本当に……まぁいいでしょう。答えます。今回のいじめ事件に関与したあなたを含む多くの部員が重い処罰を受けることになるでしょう。学校側がそのようないじめの温床になっていた部活の存続を認めると、思いますか? サッカー部は、今後、廃部の方向で調整中です。もちろん、大会参加など認めるわけがない」
「ベスト4にならないと、俺のスポーツ推薦が……」
「何を言っているんだ。素行不良の生徒に学校が推薦を出すわけがない。キミたちは自分たちで、自分たちが持っていた輝かしい未来を傷つけたんだよ。それは、サッカー部が、青野英治君にやろうとしていたことだ。この結果をもって、自分たちが犯した罪の重さをしっかり理解してください」
教頭はそう言うと、準備室を出ていく。俺は泣きながら、机に突っ伏した。
おそらく、他のサッカー部員たちも今ごろ同じようにしているんだと思う。
そして、このような結果をもたらした近藤への怒りと失望がふつふつと心の内に浮き上がってきた。
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