第86話 英治の表彰&近藤と警察

「感謝状。青野英治殿。あなたは、先日の○○市の駅前において、倒れた男性を発見するや迅速かつ  的確に同男性の救命処置に貢献され、尊い命が救われました。ここに深く感謝の意を表します。○○消防長、沖田将司」

 本日二度目の全校集会で、俺は表彰されていた。会場は大きな拍手が起きていた。

 AEDの手配などで救命処置に貢献したことで、消防の人が学校まで来てくれたのだ。どうやら、俺たちが助けたおじさんは、あの後適切な処置が功をせいし、一命をとりとめたそうだ。学校だよりや学校新聞にも今回の件が取り上げられるほかに、どうやら地元紙でも大きく取り上げられるらしい。


 この全校集会の後に、インタビューの時間まで設けられていて、俺を緊張させている。


 すぐ後ろに、一条さんに同じ文章が読み上げられる。会場は大きな拍手がまき起きた。


「青野君。一条さん。きみたちはまだ、学生なのに一番に救命処置に動いてくれたみたいだね。看護師さんたちも褒めていたよ。お医者さんも、適切に動いてくれなかったら、危険だったかもしれないと言っていた。キミのおかげ尊い人命が救われたんだよ。本当にキミたちは英雄だね」

 消防の偉い人が、小声でにこやかにそう褒めてくれる。


「いえ、自分だけでは何もできなかったんですよ。周囲の人たちが助けてくれたから、うまくできただけで……」


「私も、先輩たちが指示してくれたから、なんとか動けたんです。私は、みなさんのおかげで動けたので、本当にもらってもいいのか悩みます」


 俺たちの返事を聞くと、消防長さんは苦笑し始める。


「おいおい、キミたちはまだ高校生だろ。僕なんて、キミたちのころは部活と勉強で自分のことしか考えられなかったよ。動けただけですごいんだ。やらない善より、やった善。実際に動けたことはは本当にすばらしいよ。もっと自分たちを褒めてあげてください。キミたちにはその資格があるんだからね」

 そう言ってもらえて、どこか救われた気持ちになる。くるりと壇上を振り返る。同じクラスの生徒が数を減らしているのが見えた。5人くらいだろうか。美雪はやはりいない。


 高柳先生が、今回の件に関与した学生について調査が進んでいると言っていたのを思い出す。ここにいない生徒はつまりそう言うことだろうか。


 いや、考えても仕方ない。まずは、自分を認めてあげることから始めよう。


「おめでとうございます。先輩!」

 隣にいる後輩は誇らしげにこちらを見つめている。


「いつもありがとう、一条さん」

 いつもなんてまだ知り合って1週間の女の子に言うべきではないかもしれない。でも、時間よりも密度の深い経験を共有したからこそ、こう言える。


 俺がここにいるのは、彼女のおかげだと……


 ※


―近藤家(近藤視点)―


「こんにちは。警察の者だけど、近藤さんですかね。実は、息子さんの件でお聞きしたいことがあって来たんですが、門を開けてくれませんかね?」

 夕方。家の門をたたく音が聞こえた。監視カメラをのぞくと、複数人の制服を着た警官がそこに待機していた。


「はぁっ!?」

 思わず情けない声をあげる。どういうことだ。俺が捕まるわけがない。だって、父さんが動いてくれたんだぞ。


 上級国民の俺たちは捕まるわけない。これは何かの間違いだ。きっと夢か何か……

 だが、慌てて動いて足を机にぶつける。絶望的に痛かった。

 そして、これは夢じゃないことに気づく。


「ねぇ、近藤さん? いい加減に門開けてくださいよ。せめて、話だけでも聞いてくれませんかね」

 まるで、冷たいギロチンが待っているかのように心が締め付けられる。


「逃げるしかない」

 俺はそう決心して、警察がウロウロしている塀を乗り越えて、ダッシュする。

 しかし、すぐに気づかれた。


「おい、誰か逃げるぞ」

 くそ、早く気づきすぎだ。


 俺は当てもなく、とにかく全速力で走り出す。無意識で、学校の方向に向かいながら。


「おい、待て!!」

 激しい怒声が後方から聞こえる。


 自分が座っていたはずの玉座が音もなく崩れ落ちていくことを自覚しながら、絶望へと向かう道をただ走る。

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