第87話 近藤の逃走劇
―近藤視点―
「くそ、どうしてこうなった。俺はサッカー部のエースで、将来の日本代表で活躍するはずの逸材で……」
どんなに自己肯定感を高めようとしても、追ってくる警察の怒声は止まらない。
「逃げるな。おい、誰か周り込め」
その言葉を聞いて、あえて、狭い路地に向かう。慣れている通学路を使って逃げているから、どこから警察が回り込もうとするかはすぐにわかる。
ラッキーなことに動きやすい部屋着とランニングシューズを履いてきたので、コンディションは絶好調だ。
くそ、こんなことになったら、絶対に逃げてやる。
しょせん、警官。サッカー部のエースに運動神経で勝てるわけがない。
サッカーの試合以上に走る周ることになるとは思わなかったけど、こういうピンチの時は意外と走れるもんだぜ。
なるべく慣れている道を走って、警官をまいたら、親父に連絡して、何とかしてもらうのが一番だ。
「さぁ、俺の本気についてこれるかな」
そう言ってさらに速度を上げる。見慣れた学校が少しずつ見えてきた。
※
―英治視点―
「じゃあ、青野君。一条さん。今日の夕刊に使うから、にっこり笑ってね。いいね、いいね。ふたりの若き英雄って感じだ。はい、いきまーす」
俺たちは、取材映えを考えて、簡単なインタビューの後に、校門の前で写真撮影をしていた。さきほど、いただいた消防長さんからの感謝状を持って、2人並んで学校の校門の看板の所で、カメラマンさんに写真を撮ってもらう。
少し前のインタビューも、どうやらテレビのニュースで流れることになるらしい。気恥ずかしいけど、なんとなく誇らしい気持ちになっていた。
父さんのお墓参りに、夕刊をもって行ってこようかな。先月のお盆の時に行ったばかりだから、驚かれるかもしれないけどさ。こういうのはちゃんと報告しておきたいし。
「はーい、いいね、いいね。そのまま、何枚か撮るからね」
カメラマンさんは、こちらをリラックスさせるようににこにこ笑いながら、また写真を撮る。
横で一緒に写真におさまっていた一条さんが、満面の笑みで小声でこう言った。
「初めてのツーショット写真ですね、なんか嬉しいです」
そう言った後、少し赤面する彼女を見て、こちらまで赤くなってしまう。野次馬の生徒たちもその様子を遠巻きで見ていた。
本当に今回の表彰で、流れが変わったと思う。今まではどこか敵意がある視線を強く感じたのに、さっきの表彰から少しずつ周囲から温かいものや困惑したものを感じている。
たぶん、俺たちか美雪と近藤のどちらを信じればいいのか、悩んでいるんだろうな。
「先輩。今回みたいに、あなたのことをわかってくれる人は絶対にいます。少なくとも私は、世界中を敵に回してでも、常にあなたの味方でいるつもりです。すぐに手の平を返す悪意ある人たちなんか放っておいて、これから一緒に楽しく過ごしていきましょうね」
まるで、告白の言葉だ。一条さんから言ってもらえた言葉を聞いて、思わず心臓の鼓動が強くなった。
「ありがとう。一条さんのおかげでこれからも楽しい高校生活になりそうだよ」
俺は心の底からの感謝を告げる。本当は、もう一歩踏み込みたい。でも、こういう多くの人がいる場所ではなく、ふたりだけの思い出にしたいから。あと少しだけ、我慢する。
「先輩と出会えた一週間は、出会うまでの数年間以上に濃密で大切な時間でしたよ」
俺だけにしか聞こえないように、そう言ってくれた。もう、お互いに言わなくてもわかっているような感覚を共有している。
※
―近藤視点―
もうすぐ学校だ。学校内に逃げ込めば、警察だって簡単に入ってはこれないはず。あとは、裏口に回り込んで、うまくまけばいい。
だが、予想とは違うことが起きた。
まだ、ギリギリ放課後になっていないはずなのに、なぜか校門付近に多くの人だかりができていたのだ。
そのせいで逃げるスピードが格段に落ちてしまう。やばい、このままじゃ追いつかれる。
「おい、どけ。俺を誰だと思っている。3年の近藤だぞ」
そう怒声を浴びせながら、無理やり前に進む。
「おい、誰か。そいつを捕まえてくれ」
後ろの警官が叫んだ。人だかりが騒然となる。よし、混乱に乗じて、あいつらをまいてやる。
希望の光が見えた瞬間。俺の右足が何かにぶつかってバランスを崩した。
「えっ!?」
驚いた声を出して、思いっきり地面に叩きつけられる。顔面から受け身もなく、固いコンクリートに強打してしまった。
悲鳴にならない痛みが全身に走った。何が起きたかわからない。だが、のたうち回るほど痛い。ひざも思い切りぶつけた。いてぇ、いたすぎる。
だが、現実は待ってくれない。すぐに2人の男の声が聞こえた。
ひとりは警官の「確保」という大きく力強い声。
もう一つは……
「親友の晴れ舞台を邪魔されてたまるかよ。あんたには、地面がお似合いだ」という男子生徒の声だった。慌てて、顔を確認しようする。誰が俺に足払いをかけたのか確認するために。
だが、駆け付けた警官たちにもみくちゃにされてしまい顔を上げることもできなかった。
「やめろ、やめろ、やめろ」
俺の必死の抵抗もむなしく、数人の警官に取り押さえられる。
その様子を見ていた生徒たちは、一瞬、静まり返って、誰かが叫んだ。
「ねぇ、警官に取り押さえられているのって、3年の近藤先輩だよ、あのサッカー部のエースの!!」
すぐに、カメラアプリのシャッター音が周囲で鳴り響いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます