第88話 県議会議員&没落していく近藤家

―エイジ視点―


 写真撮影をしていると遠くが騒がしい。なにか喧嘩でもあったんだろうか。

 人だかりのせいでうまく見えない。


「近藤先輩が……警察に……」

 誰かの悲鳴のような声が聞こえる。近藤の名前が出てきた。正直に言えば、あいつとはこれ以上関わりたくない。それを察してか、一条さんが「そろそろ中に入りましょう。少し寒くなってきましたし。これ以上ご家族の方を待たせても悪いですし」と言ってくれて、俺は安心して学校の中に入る。倒れた男性のご家族の方が校長室で待機してくれている。


 どうやら、あのおじいさんは元県議会議員の偉い人で、今日来てくれている息子さんはあとを継いで、現在、県議会議員を務めているらしい。


「キミたちは、大事な家族の命を救ってくれた恩人だよ。僕のことは気にせずに、先に写真を撮ってきてください。今なら夕方のニュースにも間に合うかもしれないし。その後できちんとお礼をさせて欲しい」


 そう言って、彼は応接室で待ってくれている。

 記者の方は職業柄か、今、騒ぎが起きている方が気になるらしい。俺たちの撮影会が終ると、「ちょっと確認してきます」と言ってカメラ片手にそちらに走っていった。


 ※


―応接室―


 俺たちが一連の撮影会を終えると、お茶を飲みながら、おじいさんの息子さんが待っていた。こちらが部屋に入ると、すぐに立ち上がりこちらを見つめる。


「まずは、本当に父のことを助けてくれてありがとう。一応、県議会議員を務めている山田正幸と申します。青野君、一条さん。キミたちは我が一族の恩人だよ。重ね重ねお礼を言わせて欲しい。本当にありがとう」

 倍以上年が離れている紳士は、俺たちに向かってなんのためらいもなく頭を下げていた。むしろこちらが恐縮してしまう。


「いえ、夢中でやったことですし。それに、自分たちよりも看護師のお姉さんが助けてくれたからできたことです」

 俺がそう言って手を振った。頭を上げてくださいと一条さんも続ける。


「その看護師の方も言っていたよ。キミたちが動かなければ、自分も騒動に気づかなかったかもしれない。父は心臓に持病がある。医者からもかなりぎりぎりのところだったと言われたんだ。見つかってよかった。これできちんとお礼を言える」

 何度も頭を下げる。県議会議員さんなのに、ずいぶんんと腰が低い人だと思った。


「でも、おじいさんがご無事でよかったです。俺たちも心配していたので」

 その言葉を聞いて、ようやく山田さんは顔を上げた。


「本当にキミたちは器が大きいというかなんというか。高校生とは思えないよ。そうだ、父も直接お礼を言いたいらしい。都合がいい日にでもぜひうちか病室に来てくれないか。いつでも迎えを手配する。もうすぐ、面会もできそうだから」

 そう言って、俺たちに自分の名刺を差し出してきた。そこには連絡先と、病院と病室名が書かれていた。


「ありがとうございます。ぜひともお願い致します」

 明らかに場慣れしているような雰囲気で一条さんは微笑んだ。

 俺は大人の世界に圧倒されて、しどろもどろなのに。


「そうか。それに困ったことがあればいつでも言ってくれ。うちは、恩人が困っている時に見捨てるほど、恩知らずではない。キミたちのことならいつでも助けるよ。たとえ、どんなことがあろうともね」

 山田さんは力強くも温かくそう断言する。

 その後はしばらく談笑が続いた。


 ※


―近藤組本社(近藤父視点)―


 自分の部屋で仕事の決済をしていると、慌てて秘書が入って来た。


「どうした?」

 そう問いだたすと青い顔で、彼女は私に現実を叩きつけてくる。


「今、警察から……誠二坊ちゃんを暴行の容疑で拘束したと……ご連絡が……」

 その報告を聞いて、思わず持っていたペンを床に落としてしまう。

 何が起きたのかわからない。たしかに、学校側は対決姿勢だったが。ここまで警察が早く動く理由がわからない。何が起きた。


「すぐに、弁護士の沢辺さんに連絡を」

 そう言い終わる前に、秘書はこちらに電話を渡す。「すでにつながっています」と言って……


「沢辺先生。秘書から話を聞いているとは思いますが、どうすれば……息子が逮捕されたなんて広まれば俺は一貫の終わりだ」

 電話越しに、弁護士の先生も焦った声が伝わってくる。


「まずいことになりましたね。おそらく、警察に暴行の被害届が出ているはずです。すぐに、私が向かって警察と坊ちゃんに話を聞いてきます。ですが、ここまで悪化した状態になっているのであれば、被害者と示談して、被害届をとりさげてもらうしか……」


「そうか、その手があったか。沢辺先生は、すぐにバカ息子との面会をお願いいたします。金ならいくらでも払います。どんなに金がかかろうとも、示談して被害届だけでも取り下げてもらわなくては……」

 一筋の希望だけを胸に、心臓の高鳴りが止めることはできなくなっていた。

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