第89話 泣きだす近藤&クラスメイトの動揺

―警察署(沢辺弁護士視点)―


 大変なことになった。すぐに、弁護士として近藤誠二君に面会を申し込んだ。

 今、警官とはどういう話になっているのかを聞き出す。


「沢辺先生、ここから出してくれよ。俺捕まりたくないんだよぉ」

 いつもは自信満々の彼が憔悴しきってガラス越しで泣きついて来た。もう捕まっているのに、どういうことだよ。心の中でそう悪態をつきながら話を聞く。


「落ち着いて。まずは何が起きたのか、教えてくれ」

 必死になだめて、状態を聞き出す。


 警官たちは、誠二君が後輩を殴ってしまった件で、事情を聞くために家に来たそうだ。そこで、彼は動揺して、逃げ出してしまった。


 さらに悪いことに、路地を逃げていた際に、警官たちに対して、ものを投げつけてしまったようだ。おそらく、家に来た段階では逮捕状もなく、ただの事情を聞くために来ただけだったはず。最悪でも任意同行くらいだろ。なんで、こんな大事にしてしまった。何もしなければ、どうすることだってできたのに。こんな大事になってもみ消せるのか。本当に……


 警察としてもここまでことが大きくなってしまったこともあり、また逃亡の恐れがあるとでも判断したんだろう。ものを投げつけた公務執行妨害で、とりあえず連行したと判断する。


「いいですか、誠二君。もうこれ以上、何もしないでください。警察に何を言ってきても、黙秘です」

 この世間知らずのおぼっちゃまには、それしかないだろう。


「だけどさ、こんなんじゃ俺、恐くて……助けてくれよ、先生。これじゃあ、俺の輝かしいキャリアが……」

 もう、パニックになっている。こんなバカな息子をどうやって制御するのか。ここから先を考えれば、頭が痛くなる。


「なぁ、先生、先生……俺、またサッカーできるんだよなァ。できるって言ってくれよ。俺は、サッカー選手になってぇ、世界を驚かせるサッカーを……俺たちのサッカーがァ、できなくなるぅ」

 そう言ってえんえんと泣き始めてしまった。

 今まで見たこともないくらい赤子のような姿を見せる男子高校生にこれ以上何ができるのかわからなくなる。俺たちのサッカーって何だよ、本当に……


 頭を抱えながら、こちらまで泣きそうになる。

 

 ※


―天田美雪視点―


 保健室から一度教室にもどる。先生からは、処分が決まるまで、自宅謹慎していろと言われた。重い処分になるとも。


 絶望的な気持ちで教室に戻ると、友達の村田律むらたりつから声をかけられた。


「ねぇ、美雪。あなた、私たちになにか隠している? さっき、校門で近藤先輩が警察の人に連れていかれたけど。ねぇ、美雪。おかしいよね。だって、あなたは青野君に暴力を振るわれたんでしょ。それを助けてくれたのが、近藤先輩なんだよね?」

 律は、少しパニックになっているように見えた。

 他の生徒もこちらを見ている。


 まるで、罪人でも見るかのように。私たちが、英治にしたことと同じことが自分に返ってきている。泣きそうになりながら、小刻みに震える。


 英治は、こんなにたくさんの敵意を向けられることに耐えていたの? それがこんなに怖いなんて……


「ごめんなさい」

 かろうじて、しぼりだした声がこれだった。


「なんで謝るの。ねぇ、美雪? 私たちのことだましてたってこと。いつも優しくて成績もいいあなただから、信じてたのに。私たちだって処分されるかもしれないのよ?」

 その冷たい言葉を聞いて、自分がどんなに重い罪を背負ってしまったか気づく。取り返しのつかないことだと、わかっていた。でも、こんなに重いことだと本当に理解していなかった。


「ごめんなさい。私が英治を裏切りました。それがバレるのが怖くて、みんなに嘘をつきました」

 謝ることしかできなかった。

 どうやって償うかすらわからない。

 絶望的で冷たい雰囲気が教室に広がっていく。


 ※


―近藤父視点―


「社長。誰が被害届を出したか、わかりました。青野英治という生徒の可能性が高いです。学生たちも噂しています。その生徒の実家は、駅前のキッチン青野というレストランを経営しているそうです」

 学校に向かわせて情報を集めていた秘書から連絡が入った。

 優秀な秘書は、こちらのスマホにそのレストランの位置データも送付している。


 これで、直接行って、話をつけてやることができる。

 大丈夫だ、金で買えないものはない。


 なんとしてでも、示談にもちこんでやる。

 もう、生き残るにはそれしかない。


 俺は愛車を走らせた。

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