第83話 モンペvs教育者としての校長

―高柳視点―


 校長先生が初めて激怒して、声を荒げた。近藤議員と自分は思わず固まってしまう。たしか、校長先生がラグビー部時代に「闘将」とあだ名されていたと聞いたことがある。普段は、誰も叱らずに、いつもにこやかに微笑んでいるから、さすがに誰かが誇張しているんだとばかり思っていた。


 でも、その話は本当だったんだと気づく。

 圧力をかけに来たはずの議員すら、迫力に圧倒されていた。

 彼は続ける。


「こちらが下手になって聞いていれば、調子に乗った発言ばかり。いいか、あなたは市議会議員だ。本来なら市民の模範になるべき立場の職業のはず。身内の問題に関しても、本来であれば、一番に責任を感じなければいけない人間ですよ。それが、自分のことは棚に上げて、職務に忠実に励んでいる高柳先生を貶めるなど、言語道断っ。あなたは、市民の税金で報酬をいただいている責任ある立場の人間のはずだ。にもかかわらず、学校側に子供が行った暴力事件の隠ぺいを強要する。ふざけるな。それは、あんたに投票した市民の信頼すら裏切る最低の行為だ」

 理路騒然とすらすら議員を否定しながら、それでいて声のトーンは落ちない。

 毅然とした態度で、近藤議員の隠ぺい指示を拒否した先生に思わず拍手してしまいそうになる。


 しばらく固まっていた議員が反撃しようと口を開いた。

「何を……こんなことが表沙汰になれば、学校の威信がどうなるか。あんたみたいな青い正義感を振りかざす校長のせいで、歴史と伝統があるこの高校の看板が傷つくことになるんですよ」


 しかし、校長先生は一切の怯みなく言い放つ。


「その程度で、傷つく威信に、何を誇ればいいのでしょうか。むしろ、その程度のことで後ろ指をさされるのであれば、私は学校長として恥ずかしい。いいですか、暴力事件やいじめを野放しにして、意味のない歴史や伝統を守ることに何の価値があるんだ。誇るべき伝統とは、この学校で学んで巣立っていく生徒一人一人が作っていくものです。その伝統を作る子供たちの未来を犠牲にしてまで、過去にこだわることにどんな価値がある。それは、教育の目的と意義を勘違いしているだけに過ぎない」


「なっ……」

 ここまで拒絶されるとは思いもしなかったはずの近藤議員は固まってしまう。


「生徒一人を守れずに、教育者など務まるはずがありません。生徒を守るためなら、その程度の傷、安いものです。近藤議員は何か勘違いなさっているのではありませんか」


「だが、息子だってここの生徒だ。学校は守るべき義務が……それにあなたたちの評価だって傷つく……」


「近藤君は、法律的にやってはいけないことをしたのです。それを教えてあげることも教師の仕事です。守ることと甘やかすことは違うのですよ。いけないことをしたら、きちんと償うようにうながすことも教育だと考えます。もし、犯罪を隠ぺいなどしたらそれこそ伝統あるこの学校の威信に傷がつきますよ。我々の評価もそれこそ下がる。そのような発想こそ、恥を知れっ」

 近藤議員は、顔を真っ赤にして、しかし校長先生の正論に言い返すこともできずに悔しがっているように見えた。


「そうか、よくわかった。きみたちはどうやら大バカ者らしいな。これはチャンスだったのに。キミたちは、それを踏みにじった。あとで後悔しても知らんからな。これでキミたちの教師人生もこの学校の伝統も大きな傷がつく」

 悔し紛れにそう言い放って、議員はドアを叩きつけるように開いて、外に出ていった。


 自分と校長先生は顔を見合わす。そして、先生は微笑んだ。


「高柳先生、彼が何と言おうと、私はあなたの行動を誇りに思います。気にしてはいけませんよ。そして、最後通告の時間は過ぎました。もう、遠慮はいらないでしょう」

 校長先生は、隣の応接室に繋がる扉を開いた。


 そこには、事前に打ち合わせにきていた新聞社の方と倒れた男性のご長男の方々が苦笑いしながら出迎えてくれる。


 どうやら、青野たちが助けたのは、引退した元県議会議長の山田さんだったらしい。彼は、高齢を理由に引退し、長男が後を継いでいた。つまり、このご長男は、現・県議会議員で……


 その山田議員が申し訳なさそうに頭を下げた。


「近藤市議があんな人間だったとは……同じ所属の者として恥ずかしいばかりです。この件は、こちらでも対処するようにいたします」


 記者の方も焦ったように続ける。

「あの、さっきの言動。ボイスレコーダーにばっちり入っちゃったんですけど……」


 近藤議員が、坂をころげ落ちていく音が聞こえたように感じた。

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