第82話 近藤議員対学校
―近藤父視点―
すぐに、車を飛ばして、高校に向かった。こういうトラブルはなるべく早めに終わらせるに限る。前回のホテルの件もそうだが、無理やり金を積めば大抵のことは許される。それが、自分の処世術みたいなものだ。
時刻は、12時30分を超えていた。あえて、昼休みを選んだ。そうすれば、目的の教員と話しやすいだろうという打算がある。
今回の件で中心になっているのは、高柳という30代くらいの中堅教員と校長らしい。ちょうどいい年齢だな。高柳は今後の出世。校長は、退職後のポストという格好のエサがある。
それをちらつかせて、なびかせればいけるはずだ。
受付で、要件を言う。
「市議会議員をやっております、3年の近藤の父ですが、校長先生と高柳先生とお話をしたいのですが……」
あえて、議員として来訪したことにして、周囲に圧力をかける。
これで、すぐに面会できるはずだ。
案の定、受付の職員は、すぐに2人に取り次いでくれた。校長室へと案内される。さあ、ここからが勝負だな。
※
「これは、これは、ようこそいらっしゃいました。近藤さん」
10分ほど待つと、2人の教員がやってくる。校長と高柳だ。そう自己紹介された。
「お忙しいところ、お時間を作っていただき申し訳ございません。息子の件で、おふたりに相談が」
あえて、下手に出て、向こうの自尊心を満足させる。これが通用しなかったら、今度は脅す。
「おや、どういうことでしょうか?」
「ええ、どうやら、おふたかたは、息子のことをお疑いになっているとお聞きしまして。なんでも、先々週にあった暴行事件の件で……」
その言葉に二人は演技のように、戸惑った顔をする。
校長が答えた。
「いえ、こちらはご子息を疑っているわけではございません。あえて、全校集会ですべての生徒にそう伝えただけで。このようなことをおっしゃるということは、やはりご子息になにか心当たりがあるということですかな?」
くそ、うまく誘導された。なるほど、まだ直接的には言っていなかったのか。あの、バカ息子め。
「ええ、どうやらそうらしいのです。息子に聞いたところ、恋愛がらみのトラブルで、ついカッとなり後輩を殴ってしまったと。申し訳ないことをしたと深く反省しておりましてね。なにとぞ、穏便に済ませることはできないかと」
学校だって、こういうスキャンダルを表に出したくないはず。こちらの利害は一致していると、匂わせる。
「そうですか。その言葉は、もっと早く聞きたかったですな。彼には、一度事情を直接聞いているんですよ。ご存じではなかったと?」
あいかわらず、校長はのらりくらりとしている。
「それは初耳です。思春期の年頃ですから。親に弱いところを見せたくなかったのでしょう。息子は、大学進学を控えた大事な時期です。スポーツ推薦も考えておりますし、先方の大学も良い返事をしてくれています。こういうことが表沙汰になるのは、息子の将来に悪い影響となりますので。先生方だって、そうでしょう。このようなスキャンダルは、マスコミの格好のえじきになります。なるべくだったら、表にならない方がいいに決まっている。私たちの世代で言えば、たかが、子供の喧嘩です。その程度の些細なことで、お互いに大きな不利益を受けることは避けた方がいいのではないかと」
この言葉に、ふたりはこわばった態度になる。どうやら、脅しが効いたらしい。
今まで口を開いていなかった30代くらいの教師がやっと口を開いた。
「たかが、子供の喧嘩ですか」
「そうですよ。私の若い頃は、子供同士で殴り合いの喧嘩なんて日常茶飯事でした。いまは、親たちが過剰に騒ぎ過ぎです。先方の親御さんには、私の方からもしっかり謝らせていただきます。もちろん、誠意だって示すつもりです。ですので、学校側もできる限り、穏便に済ませてくれませんか。こんなトラブルが表になれば、先生方の評価や今後の入試の受験者数だって、悪化します」
さあ、脅しを始めましょうか。
若い教師は続ける。
「穏便に済ませるとは、学校側で隠ぺいをしろと?」
「隠ぺいとは言葉が悪いです。ですが、私は職業柄、いろんなところに顔が効きます。ですので、学校側で表立って動くことがなければ、どうとでもなりますよ。悪評は、表に出ない。そうすれば、私たちも学校側もお互いにウインウインでしょう?」
高柳は、思わず絶句したように表情が固まり、小さくためいきをついた。ああ、そういう系ね。
「……ふざけるな」
やっぱり今どき珍しい熱血系か。
「高柳先生、これはビジネスの話だと考えてください。あなたたちが、黙っていてくれれば、今後、私はあなたたちにも便宜をはかります。それとも、私を敵に回して、ずっと冷や飯を食いたいのかな?」
もう、紳士的な仮面は脱ぎ捨てた。あとは権力という暴力装置で脅しをかけ続ければいい。
「……」
黙ってしまったか。やはり、自分が可愛いらしい。まあ、仕方ないな。
「わかってくれましたか。息子には未来がある。それも輝かしい未来がね。大人になってくれませんかね。そもそも、たかが子供の喧嘩で、ここまで大事にして……殴ったっていうけどさ、ただじゃれてたみたいもんでしょ。これを大事にするなんて、あんたたちのマネジメント能力に問題があるんじゃないかな。いいよね、公務員は。民間だったら、あんたたちなんてクビだよ、クビ」
まくしたてるように言い放つと、若い教師はプルプルと振るえた。ああ、こういう力で押し付ける感じがたまらない。
「お言葉ですが……」
激高した高柳の顔をのぞきこむ。だが、こんな若造じゃなにもできない。
たかが、教師だ。
「高柳先生、落ち着いて」
慌てて、校長が止めに入った。やはり、歳の功か。こちらはよくわかっているようだ。
「しかし、校長……」
悔しそうに、上司の方を見る高柳の顔を見て、こちらは勝利を確信した。
「高柳先生。まだ、若いキミが年寄りの校長をおいて、矢面に立たなくなくていい。こういうのは年長者の仕事だよ。失礼しました、近藤さん……」
好々爺のように小心者だな、校長は。まあ、そのほうが話が早い。
「やはり、校長先生は話が分かる。では、今後は……」
こちらが今後のプランを話そうとした瞬間、校長が机を大きく叩いた。
ガンという大きな音がする。
「なにを……」
思わずその剣幕で、こちらが情けない声をあげると……
「たかが、子供の喧嘩だとっ!? 恥を知れ、恥をっ!! あんたの息子さんのせいで、一人の高校生の未来がメチャクチャになるところだったんだぞ」
さきほどまで、柔らかい表情で笑っていた校長とは思えないほど、激高した怒声が部屋に響く。
「はぁ……?」
何が起きたのわからずに、こちらは聞き返す。
「そして、これ以上、私の部下を愚弄することも許さんぞ。高柳先生が、あんたみたいな男にバカにされる筋合いはないっ!!」
さらに、強烈な反撃がこちらに押し寄せた。
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