第81話 父親と悪女
―近藤父視点―
「父さん助けてくれ。大変なことになった」
息子が会社に来るなりいきなり泣きついてくる。
「どうした。そもそもお前学校はどうしたんだ?」
嫌な予感がした。こいつは俺に似て女好きだ。この前のトラブルが学校にでもバレたか。まったくめんどうなやつだ……
「それが……」
息子は、今起きていることをありのまま話した。
恋愛がらみでトラブルになって、後輩の男を殴りつけてしまったこと。
ムカついたので、その男に対してインターネット上で誹謗中傷をばらまいて孤立させたこと。
息子を慕っているサッカー部員が暴走して、その後輩に対して嫌がらせをするなどのいじめ行為をしてしまったこと。
どうやら、暴行事件としてそれらが明るみになりつつあり、学校に対して警察から問い合わせがあったこと。
それらを聞いて、血の気が引く思いがした。この市長選を前にした大事な時期に……この前のホテルの問題よりも致命的な結果になり兼ねない。
さすがに、それだけは避けねば。
話を聞けば、どうやらまだ本格的な動きは行われていないようだな。なら、まだ大丈夫だ。
学校に圧力をかけて、もみ消しをはかる。
それがだめなら、先方の家族でも権力と金を使って脅して、無理やり示談にもちこんでやる。警察が動いたということは、向こうが被害届を出したということだ。
明確な証拠があるのかはまだ不明だが、ないなら圧力をかけて、しらを切りとおす。
「おい。この件が表になれば、俺もお前も破滅だ。いいか、これ以上、余計なことはするなよ。くれぐれも俺の邪魔はするな。あとは、任せておけ。たいていのことは金と力で解決できる」
念を押す。起きてしまったことを悔いても遅い。ここからどうするかだ。大丈夫だ、いつも何とかしてきたじゃないか。
「よし、俺は学校に話をつけてきてやる。お前はとりあえず、家にいろ。いいか、絶対に外に出るなよ」
※
―文芸部長視点―
つまらない国語の授業が始まった。
この教師は、私たちに何を教えるつもりなのかさっぱりわからない。
だから、私は適当に国語の教科書を読み進めていた。
海外文学の項でロシア文学の紹介が目にとまる。
私は、ドストエフスキーの『罪と罰』が大好きだ。
「少しの罪は、たくさんの善行で償うことができる」
「だから、社会に多くの発展をもたらすことができる天才は、つまらない倫理観にしばられる必要はない」
私の大好きな考えかた。
小さなころから書くことが好きだった。国語の作文コンクールでは、全国大会で金賞。標語や読書感想文でもなんでも、賞に入る。皆は、私のことを天才と褒めてくれた。
中学の時に、この世界は物語のようなものだと気づいた。私が少し介入することで、バカな人たちの運命は簡単に壊れていく。自分の手は汚さないようにして、誰かの手を汚す。少しだけ誘導してあげればいい。
例えば、近藤君みたいな野獣に「あの子、かわいいんだよ。でも、彼氏ができたみたい。幼馴染カップルなんだって」とでも言っておけば、他人の尊厳を破壊することが大好きな彼は、二人の仲を引き裂くように動く。簡単なのよ、こんなの。
人の運命なんて、私の手のひらの中にある。私は物語の書き手だから。
近藤君というおもちゃは本当に優秀だった。彼ほど操縦がしやすい登場人物はいなかったもの。
順風満帆だった私の人生で、初めて挫折を味わったのは、青野英治という後輩のせいだ。
物を書く才能という面で、私は同年代に敵はいないと思っていた。でも、彼は私を超える……才能を持っていた。彼の小説を読んだ時、背中に冷や汗を流した。どうして、後輩のこんな無名の男の子がここまで書けるのか。
嫉妬した。死んでしまえばいいとも思った。自分の地位が崩れ落ちるような気がした。自分の自信作が急に安っぽいものに思えて、原稿データを削除した。
だから、彼の才能を潰す。天才なんて、人間関係のもつれですぐに才能が壊れる。そういうものだと理解していたから。
あの才能が、外に出る前に刈り取ってしまえばいい。そうすれば、私の地位は守られる。
彼を
次の手段として、近藤君を使った。女としての自分を否定された。だから、彼の男としての尊厳を破壊するために。近藤君をうまく誘導して、天田美雪に手を出させた。そして、英治君の誕生日に密会させて、2人がホテルに消える写真を撮って、英治君の机にでも忍ばせるつもりだった。
でも、それ以上に面白いことが起きたのよね。まさか、鉢合わせるなんて。運命って面白い。だから、より面白い方向に話を修正する。近藤君を焚きつけて、青野君の孤立させた。
ちなみに、私たちが使っていたSNSアプリは少し特殊で、メッセージ履歴はどちらかが削除すればあとかたもなく消える。アプリは海外製でサーバーも向こうだから、最悪、警察も手が出せない。そもそも、たかがいじめ問題だもの。警察だってそこまではしないはずよ。こちらで履歴を削除したから、あとは近藤君がスマホからアプリを起動すれば自動的にメッセージは消えてなくなる。
残念でした。いくら近藤君がこちらの関与を主張しても、証拠はないし、近藤君の素行不良もあって、優しい優等生の仮面を被っている私には届かない。
青野君も文芸部を辞めて、創作から引退するはず。とりあえず、当初の目的は達成された。あー、楽しかった。
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