第52話 人助け&通報者と教師

 俺たちは、映画が終わった後、ショッピングモール近くのカフェでランチをしていた。俺も洋食屋の息子だから、オシャレなお店が好きなので、映画館近くのおすすめのハワイアンカフェに彼女を誘った。


「私、ハワイアンカフェって初めてです。エキゾチックでオシャレですね」

 この店は、母さんも好きで、休みの日によく来ていた。


「ここのロコモコとパンケーキは絶品だからね」

 俺たちは、ロコモコランチを頼んで、フワフワパンケーキをふたりでシェアすることにした。ガーリックシュリンプも絶品なんだけど、デートだから自重する。


 映画デートが決まった時に、このお店が近いことを思い出して予約しておいた。休日は、お店が混むから、正解だったな。映画は、終わりの時間が読みやすいから、予約もスムーズにできた。


「でも、先輩って、やっぱりデート慣れしているっていうか。見かけによらずエスコート上手なんですね。私、このお店に来た時、行列ができていて、正直焦ったのに、何食わぬ顔で予約した青野ですって言われて、ビックリしました」


「まぁ、これくらいはな」

 母さんと思い出したくない元カノのおかげでかなり鍛えられている。美雪と付き合ったことは、今では黒歴史だが、あの経験はしっかり血肉になっていると感じる。


「意外な一面が知れて、嬉しいです。それに、デザートのシェアも提案してくれるのは、女の子としてはポイント高いというか……」

 ああ、それもよく聞くな。母さんから。甘いものは食べたいけど、カロリー気になるから1人前は食べるのがためらわれるってやつだ。


「そうか? 俺も甘いもの食べたいから気にしなくていいよ」

 こういう時は、余計なことは言わなくてもいいから、紳士的に振る舞えばいい。


「ありがとうございます」

 一条さんは、嬉しそうに微笑んだ。そこには、俺の気配りに気づいているような気配があった。


 そして、俺たちは楽しい食事を共にした。一条さんと食べるご飯は、いつも笑顔に包まれる。幸せな時間だ。


 ※


 俺たちは、食事を済ませて、外に出る。これからはショッピングに付き合うことになっている。駅前の百貨店で、雑貨を見たいらしい。


 幸せな時間を過ごしている俺たちの前にひとつの事件が起きる。


「うっ」と目の前を歩いておじいさんが苦しそうに胸を抑えて、倒れ込んだ。


「えっ」と一条さんは絶句して、心配そうな表情でこちらを見た。

 俺も何が起きたかわからずに、その光景を見ていることしかできなかった。


 おじいさんは、苦しそうな呼吸をしつつも、動かなくなってしまった。

 これはまずい。


 夏休みの短期バイトで、イベントの設営をやったときに、研修で救命講習にも参加していた。講師として来てくれた消防署の職員さんの顔を思い出す。こういう時にどうすればいいか。イベントの会場以外でも応用できる対応方法を教えてもらった。


 やるしかない。大丈夫だ、あの日の救命講習で勉強したことを使えばいいんだから。


「大変だ。一条さんは、AEDを探してきてくれ」

 まずは、おじいさんの命を救うことに全力を尽くす。


「でも、それってどこにあるんですか……」

 彼女は血の気が引いた白い顔で、たたずんでいた。


「近くに交番があったよね。たしか、AEDは交番においてあるはずだ。なくても警察官なら設置場所を把握しているかもしれないし、コンビニにおいてあることも多いらしい。俺は、救急車を呼んで、おじいさんを介抱しておくから」


「わ、わかりました」

 彼女は、交番に向かって駆け出してくれた。

 俺は講習会で教えてもらったとおりに、おじいさんの意識を確認して、周囲の人たちに助けを求めて、救命活動を行う。


 親切なおじさんが、すぐに自分の携帯電話で救急車を呼んでくれた。

 俺は、無我夢中で、おじいさんを助けようと行動に移す。


 一条さんは、すぐに警察官と一緒にAEDをもって帰って来てくれた。

 そして、騒動に気づいた休日の看護師さんも、助けに来てくれた。


 そこからの数分間は、あまり覚えていない。


 ※


―学校―


「高柳先生、休日に申し訳ないね」

 校長先生は、本当にすまなそうに謝った。


「いえ、もともと部活の練習があったので……」

 俺は将棋部の顧問で、大会も近いので、今日は久しぶりに休日出勤して、将棋の活動を見守る予定だった。


「すぐに、連絡してもらって助かったよ」

 教頭先生は、続いた。本来なら昨日の内に、打ち合わせの場を設けたかったが、校長は放課後に出張で学校にいなかったので、翌日の土曜日にこうして、緊急の会議となった。


「しかし、その写真を撮影した人物が生徒なら、大変だぞ。すぐに撮影者を見つけて保護しなくては」

 校長は焦ったように思案した顔になる。


「ですね。おそらく、かなり危ない橋を渡っている。それに、この動きがサッカー部にでも伝われば、報復のためにこの撮影者の正体を探し出すかもしれません。そして、暴行騒ぎにでもなったら……」

 教頭も頭を抱えていた。それこそ、最悪の状況だ。


「高柳先生、何かいい考えがあるのかね? 私はこれ以上、生徒が傷つくところを見たくはないよ」

 校長先生は、本当に心配そうな表情になっていた。


「はい。自分も昨日の内に、いろいろ調べました。昨日は、近藤と天田は体調不良を理由に休んでいましたし、写真が撮られたのもおそらく同じ時間でしょう。こんな写真を流すのですから、近藤たちに深い恨みを持っているか、青野の友人か。どちらかの線が強いと思います。昨日休んでいたか帰宅部の生徒から、それらの条件を満たす生徒を絞り込んでいます」

 俺は、すぐに候補者のリストを管理職に見せる。このリストの中に、撮影者はいるはずだ。俺たちは、その生徒をしっかり守る。もうこの件で、傷つく若者を作らないために。

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