第102話 部長の挫折
―部長視点―
結局眠れなかった。自分の小説の反応を見るのが怖い。
でも、見なくてはいけない。
震える手でスマホを操作して、マイページを開く。
英治君の小説は、今日だけでも5桁の閲覧数になっている。
私の小説は……
総閲覧数は1桁。
評価などは0。
感想は、1件だけ届いていた。
「嘘。ここまで……」
まさか、ここまで差が開くなんて。たしかに、ネット小説は、私が得意なジャンルではない。でも、それは英治君も同じ。ここまではっきりとした差が出たということは、才能の有無ということなのね。
「認めたくない、認めたくない。こんなの認められるわけがない。私と彼との差がここまで、離れているなんてありえないっ!!」
もしかしたら感想に救われるかもしれない。そう思って、糸に手を伸ばす。それが地獄に繋がっていると分かっていながら。
※
そこそこ、おもしろかったです。でも、ちょっとありきたりかな。いま、同じジャンルでランキング上位にいるえいじさんの小説の劣化みたいに思いました。
※
「ここでも、青野英治っ!! あの男は、どこまで私の上を行けば、気が済むのよ!!」
枕を思いっきり、床に叩きつける。
もう、自分のプライドは徹底的に叩き潰された。去年の夏に受賞した読書感想文コンクールの賞状を破り捨てる。どうして、どうして、私に才能がないの。こんなに小説を愛しているのに。どうして、英治君が、私の一番欲しいものをもっているの。
ねぇ、なんでっ!!
潰そうと思っても、潰れないのよ。
本当に歪んだ気持ち。自分の中でドロドロになった嫉妬心が、燃え上っていく。
彼は、最初はカワイイ後輩だった。小説を読むにあたって、少しずつ好きになっていた。でも、彼には恋人がいた。私を上回る小説の才能も持っていた。もう、感情がぐちゃぐちゃになる。
鏡を見た。ゾンビのような顔の自分がいた。
フラフラになりながら、制服に着替えて、外に出た。朝食なんて食べるわけがない。食べても、味も感じられないと思う。
ほとんど、無意識で学校近くにたどりつく。
角を曲がろうとしたら、青野英治が後輩の女子と歩いていた。一条愛。あの噂は本当だったのね。彼女が……
ふたりはこちらに気づいていないようだった。
声のトーンを小さくしながら、二人は楽しそうに話していた。
「一晩明けましたけど、やっぱり信じられませんね」
「ああ、本当にびっくりだよ」
「まさか、出版社の人が声をかけてくれるなんて」
出版社?
声をかける?
それって、つまり……
答えはすぐに分かった。いや、考えないようにしていただけだと思う。昨夜から頭の片隅で、その可能性はずっと考えていた。でも、実現したら、もう自分の
どうして、こんなつらい現実を突きつけてくるのよ。
「いやだぁぁっぁっぁああああああぁっぁぁっぁぁ!!」
心の中で、もう一人の自分が子供のように泣き叫んだ。崩れ落ちないように姿勢を保つことが精いっぱい。
青野英治という天才に出版社が気づいて、声をかけた。このままいけば、じきにプロデビューが決まるはず。彼の作品を今までで一番読んできた自分だから、確信できる。彼の才能はまだ終わらない。
自分よりもはるか上に打ち上げられたロケットを見ているような気分になる。ただの傍観者みたいに。私は物語の登場人物になりたいのに、残酷な現実はそれすらも許してくれない。
もう絶対に手が届かない。無力な私は、はるか遠くに行ってしまう才能をただ見ていることしかできない。
それは、つまり、自分の才能のなさを認めることになる。今まで、他人の才能のなさを心の中でバカにしていた自分が、逆に自分自身にもそれをしていた。無意識で。
それに気づいてぞっとする。
私は駆けだした。文芸部部室へ。部長の席の引き出しにある自分の過去の原稿をすべて取り出す。数百枚の自分の努力の結晶。それを破り捨てていく。
破ったものは、宙を舞い、床に散乱していく。自分の今までが全部無駄だった。こんな無駄なものもういらない。青野英治の原稿と比べたら、恥ずかしくて死にたくなる。こんなんじゃ、勝てない。勝てるわけがない。それもわからずに、これを書いていた自分に怖くなる。
そして、散乱したままで、部屋を飛び出した。
もう、授業なんて出る必要はない。家に帰って、この現実を受け止めない方法を考える。大丈夫よ。こういう計画を作るのは得意だもの。
「早く逃げなきゃ。ここから……ここにいたら、自分が自分じゃなくなっちゃう。認めなくちゃいけなくなる」
もう、絶対に許さない。青野英治を。
私は学校を抜け出した。
これが絶望へ繋がる階段の入口だとも知らずに。パンドラの箱を開けた愚かな自分を認めることもできずに、ただ落ちていく。
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