第71話 証拠をつかむ高柳

―高柳視点、キッチン青野―


「いつも動画見てます。頑張ってください!」

 俺は、グルメおじさんにそう言った。今日はもう動画を撮り終えたらしいので、配信者さんもにこやかに対応してくれる。


「ええ、本当ですか。嬉しいなァ。いつもありがとうございます!」


「それですいません。ぶしつけな話なんですが、この前の配信で、ちょっと前に若者たちの喧嘩に遭遇したって言っていたと思うんですが」

 少し不思議そうな顔をして、「ええ、言いました」と答えてくれる。

 ここで変に隠す必要もないだろう。青野のお母さんもハッとした顔でこちらを見ていた。


「自分は高校の教師をしている高柳と申します。実は、ほとんど同じ時期に、担任をしている生徒が暴行事件にあってしまって。警察などにも相談したいんですが、証拠となるものが何もなくて、調べることもできないんです。その時、撮影していた動画見せてくれませんか。殴られている男の子が自分の生徒かどうか確認するだけでもいいので」

 正直に言えば、見せてくれるかどうかは微妙だと思った。最近の配信者にも世間の目は厳しいから、コンプライアンスみたいなものを重視している。特にこの配信者さんは、事前に撮影許可を撮ったり、邪魔にならないように忙しい時間に来店することを避けたりしている方針の人だ。


 だが、可能性が少しでもあるのなら、いくらでも頭を下げることができる。それが、生徒のためなら、なおさらだ。


「う~ん、どうしよう」

 俺は念のため持ち歩いていた名刺を差し出した。


「客観的な証明にならないとは思いますが、こちらが自分の名刺です。もし、あれでしたら、運転免許証も見せることができます。それにこのレストランは、教え子の保護者の方が経営しているお店ですので……」

 配信者さんが、ちらりと厨房を見ると、おふたりは力強く首を縦に振ってくれた。


「そこまでおっしゃるなら……ちょうど、動画のデータを持っていますから、少しお待ちくださいね」

 俺は安どのため息をついた。だが、まだ完全に安心できない。別人の可能性の方が高い。


「これですよ」

 がやがやと混雑した街の音が始まった。「きゃー」という悲鳴が聞こえる。

 誰かが「けんかだ」と叫ぶ。カメラが叫んだ方向を向いた。


 ケンカなんかじゃなかった。激高した男が、女の肩をつかんだ男を一方的に殴りつけた暴力の現場だった。


 殴られた男は、吹き飛ばされて地面に崩れ落ちていく。遠くで何を言っているか聞こえなかったが、暴言のように強い口調で殴った男が何か言っていた。


 男と一緒にいた女は、殴られた男に駆け寄ろうともせずに、ただ、立ち尽くして、しずかに何か一言二言告げて、男と一緒に立ち去った。


 カメラは、走り出して、男の子に駆け寄った。


「キミ、大丈夫か。無理して歩かない方がいい。ちょっと、横になった方が……ねぇ、おい君っ!!」

 殴られた男はゆらゆらと覇気もなく、その場を立ち去ってしまった。


「大丈夫かな」と心配そうにつぶやく配信者さんだけが残される。


 動画はここで途切れていた。


 俺は息を飲んだ。だって、そこに映っていたのは、青野英治と天田美雪、そして、サッカー部の近藤の3人だったのだから。


「どうですか? お目当ての映像でしたか? 一応、この映像は警察の方にも提出していますから、もしかしたらそちらに相談すればもっと詳しいことが……」


「ありがとうございます。生徒に間違いありません。データを提出したのは交番ですか? 場所を教えてください。連絡してみます」

 場所を聞き出した俺は、動画の詳細をお母さんの耳元でつぶやく。


「やはり、英治君でした。彼が一方的に殴られている動画でした」

 それを聞くと、彼女は冷たい声でこちらに返事をする。


「先生。学校には迷惑をおかけするかもしれませんが、英治を苦しめたやつらを

私は、絶対に許しません」

 普通の教師なら、ここで加害者生徒の未来なんて言葉を出すのかもしれないな。だが、うちの学校は違う。


「いえ、そちらは青野さんが判断することです。学校側が口を出すことはできません。それに悪いことをしたら、生徒にそれを自覚させてやることも教師の責任だと思います。道を踏み外した生徒は、いつか取り返しのつかないことをしてしまうかもしれません。いや、今回の件がその取り返しのつかないことです。そうであれば、しっかり償う機会を与えてやることも、自分は教育だと思っています」


「ありがとうございます。お兄ちゃん、ごめん。先生と一緒に行ってくるから。英治にはまだ内緒にしてて。しっかり確認したら、私のほうから話すからね」

 俺たちは、駆け足でデータを持っているはずの交番に向かった。

 

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