第70話 偶然?のイチャイチャ

 美雪と決別して、俺は前に進む。思ったよりも、心に傷はつかなかった。もちろん、ゼロというわけにはいかないけど、予想よりもずっと傷は浅かった。


 まぁ、10年以上の付き合いがあったからな。思い出はいろいろある。でも、それはもう思い出で過去の出来事になってしまった。


 今回の事件で、俺は失ったもの以上に素晴らしいものばかり見つけてしまったんだと理解した。


 自分への不利益すらいとわずに自分を助けてくれる天使のような後輩。

 自分のために誠意を見せてくれた親友。

 どんな俺でも愛してくれる母さんと兄さん。

 父さんの意志を継いでくれている南のおじさん。

 そして、俺のために忙しい時間をさいてくれて、できる限り不利益にならないように動いてくれている先生たち。


 美雪という大事な存在を失っても、まだこれだけの大切なものが残っているからだろうな。


「俺を支えてくれた人たちのためにも、幸せにならなくちゃいけないよな」

 そう決心して、帰り道を進むと、後ろから名前を呼ばれた気がした。


「センパイっ!!」

 振り返ると、さっき別れたばかりの一条さんが笑って立っていた。


「どうしたんだ?」

 夢でも見ているかのような気分だ。今、一番会いたい人がそこにいた。


「実は、お茶を買い忘れてしまって。そこのスーパーまで買いに来たんですよ。そしたら、先輩を見かけたので、声かけちゃいました」

 なんだか、少しモジモジしているように見えた。顔がほのかに赤い。


「そっか。でも、遅いから一人歩きは危ないぞ。一緒に行くよ」


「ありがとうございます。二度手間になっちゃいますけどいいんですか?」


「ああ、今日はもう少しだけ一緒にいたい気分だし」

 思わず失言をしたことに気づく。これじゃあ、自分の気持ちを素直に出し過ぎてしまった。


 彼女は、恥ずかしそうに笑う。


「ありがとうございます。本当に優しいなぁ、先輩って」


「まぁ、女の子だしさ。それに……いや、なんでもない」

 一条さんは誰が見ても美少女だから、心配なんだよな。さすがに、そこまで露骨なことは言えない。


「ふふ、心配してくれているんですか? ありがとうございます。なら、今日くらいは、わがまま言っちゃおうかな」

 少女のように笑う一条さんが、いつも以上にまぶしく感じた。


「なんだか、嬉しいな」


「ん? 何がですか?」


「いやだってさ、そういう風に気軽に甘えてくれるのは嬉しいというか。一条さんどちらかといえば学校では、誰かに頼るよりも、誰かに頼られることが多い方だし」

 そういう普段とは違う一面を見せてくれることが嬉しい。

 なんだか、特別な関係になったとよくわかるから。


「こういうことするのは、あなただけですよ。だって、特別だから……」

 少しだけからかいを含んだその言い回しに、俺はいつも以上に笑顔で答える。


「それなら嬉しいな。特別になれたわけだし、甘えてくれるほど俺のことを頼りにしてくれているんだから」

 いつも以上に冗談っぽく答えると、彼女は急に顔を真っ赤にして、深呼吸して自分を落ち着けようとする。こういう表情するんだな、一条さんって。


「そうやって、いつも誠実に答える。先輩のバカっ」

 可愛らしくバカと言う彼女のことを見て、自分は幸せだと自覚する。

 

「じゃあ、行こうか」

 

「はい。よろしくお願いします」

 俺たちは、過去と決別するかのように歩き始める。


 ※


―一条愛視点―


 私たちは歩き始める。

 これが決別を意味する歩みだと、お互いに理解して。


 もう何度も無意識で告白のような言葉を受けてしまった。彼は私の目をじっくり見て、嘘偽りない言葉で、私に話しかけてくれる。


 今まで告白してきた男性は、私のことを自分の言葉で語ってはくれなかった。ただ、容姿がいいとか人気があるとかそういう他人の言葉でしか私のことを語ってくれなかった。


 だから、ずっと一人で生きていこうと思っていた。

 だから、ここまで自分の目線に立って、一緒に歩いてくれる人がいるなんて思わなかった。


 さっきもそうだ。私の甘えに気づいてくれて、それを包み込んでくれた。

 こんなに優しい人の横に、私は本来いることができなかったはずなのに。ただ、偶然の積み重ねで……


 彼が私を幸せにしてくれているように、私も彼を幸せにしたい。


「私を選んでよかったと思ってもらえるように……」

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