第64話 激怒する一条愛
「お嬢様、こちらが頼まれていた報告書になります」
リビングで、黒井から書類を受け取った。
興信所に頼んでいた例の報告書が出来上がったらしい。
私は数ページ読んで、その内容のまがまがしさに吐き気すら覚える。
私は、あえて先輩に何が起きたのか聞かなかった。たぶん、言いにくい内容だと思ったし、実のお母さんにも話をしたくないように見受けられたから。私が、無理やり先輩に聞き出そうとすると、心の傷口を余計に広げてしまうかもしれない。
だから、黒井に頼んで、先輩の身に何が起きたのか調べてもらった。
最初は恋愛がらみのトラブルに巻き込まれたと軽い気持ちで考えていたところもある。でも、それ以上に悪意に満ちた内容だった。
※
青野英治氏は、付き合っていたはずの天田美雪に浮気されていた模様。彼女は、同じ高校のサッカー部の先輩である近藤(※親は市議会議員で、地方ゼネコンの実質的な経営者)と密会しており、近所の人たちからも怪しまれて噂されていた。
その三角関係に何が起きたのか、具体的にはわからない。しかし、青野英治氏の誕生日の後に、積極的に彼が恋人の天田美雪に暴力を振るったとSNS上で宣伝されるようになったことを考えれば、誕生日当日に何かが起きた可能性が高いだろう。なぜなら、それ以前に彼を貶める書き込みは存在していないためだ。
宣伝されたSNSのアカウントは、ほとんどは捨てアカウントだったが、一部に普段から使われていたものもあり、他の写真等からサッカー部員たちの可能性が高いと判断できる。
また、その情報が共有されて、他の生徒たちが反応しているのは誕生日の翌々日以降であり、そのことからも、一部のグループが共謀して、青野英治氏に関して、意図的に悪いうわさを流していたと考えるのが妥当。
※
探偵は、事実だけを書き連ねている。でも、ここから導き出されるのはひとつだ。
まず、先輩の性格等を考えれば、天田さんに暴力を振るっていた可能性は限りなくゼロに近いはず。そして、この不自然なサッカー部の動き。
おそらく、この騒動の首謀者は、サッカー部の近藤だろう。たしか、1学期に私にも遠回しなアプローチをかけてきたゲスな男の先輩だ。
近藤と天田さんは、浮気していて、誕生日当日にそれがバレてしまった。
ふたりは保身のために、センパイが暴力を振るったという噂を流して、彼を孤立させようとした。
この想像が本当なら、どこまで卑劣なのだろう。
たしか、ふたりは去年の冬に付き合ったと言っていた。恋人として、初めての誕生日に、そんな残酷な事実を背負わされたうえに、えん罪まで押し付けられて、社会的に抹殺されそうになっていた。
「そんなのって、あまりにもひどいよ」
だから、最初にあった日。彼は、屋上になんて来たんだ。あの優しい男の人を、ここまで絶望させたことに、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「いくらなんでも、人の純粋な好意を踏みにじっていいわけない」
たしかに、結婚していなければ、そこまでの義理はないかもしれない。自由恋愛という大義名分もある。
でも、ここまでの仕打ちをあんなに優しい人がされる筋合いないはず。
許せない。
それも、自分の保身のために……自殺を考えるほど追い詰めるような、えん罪を被せるなんて……
報告書の内容があまりにも衝撃的だったので、吐き気をおぼえていた。
そんな、地獄の中でも、私のことを助けてくれた彼のことをどんどん好きになってしまった。
「あなたはどこまでも優しい人なんですね、青野英治さん」
少し外の空気を吸いたい。
心配そうな黒井のことを制止して、ひとりで近くの公園に向かう。断ったけど、やっぱり誰かしらは、護衛についてくるはず。
少しだけ緑の自然の中を歩いて、気分を変える。
「先輩が失った物は、あまりにも大きいけど……少しでも、私が補えたらいいな」
できることなら彼の失った物を全部埋めていきたい。でも、それはあまりにも
ただし、天田さんとサッカー部の近藤に関しては、絶対に許せない。
そう思って散歩をしていると、まさかの偶然が起きた。
前から白い顔の美人がふらふらになりながら、歩いていた。知っている顔だ。直接の面識はないけど、美人な先輩として有名だったし、さっきの報告書にも書かれていた女性だから。
「一条、愛?」
彼女も私に気づいたようだ。まるで、ゾンビのように青白い顔をしていた。
「天田美雪さん……」
私たちは初めて直接、対峙した。
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