第63話 高柳とキッチン青野に集まる因果

―高柳視点―


 結局、青野の家に来てしまった。簡単にラーメンを食べようと思っていたけど、さっきのグルメおじさんのSNSを見たら、美味しそうなカキフライ定食の写真が載っていて、そちらに引き込まれてしまった。


 正直、教師として、生徒の家にお邪魔するのはどうなんだろうかと思いつつ、俺は入口を開けた。


「あら、高柳先生。今日はどうしましたか?」

 青野のお母さんが笑顔で出迎えてくれた。お母さんとは、しっかり連絡を取れているので、しっかりとした信頼関係ができていた。青野の実技関係の補習は、来週の土曜日に行うことになったとメールもいれた時に、「忙しいのにありがとうございます。時間がある時に、うちの食事食べに来て食てくださいね」と返信にあったので、お言葉に甘えさせてもらおうと思った。


 青野の家は、お父さんが早くに亡くなり、お母さんとお兄さんがレストランを切り盛りしている。社会人になったからこそわかるが、二人の覚悟は本当にすごい。青野の件で、学校と家族はより密に信頼関係を築かないといけないこともあるので、積極的に情報を共有しておくことにしている。


「今日はお客さんとしてきました。季節限定のカキフライ定食お願いします」


「あら、じゃあ、キャベツサービスで、盛りを良くしておきますね」

 そう言って、お母さんは笑った。お母さんは、俺たちが作った報告書を丹念に読んでくれている。質問がある場所については、メールで連絡してくれていたので、こちらもできる限り詳細な内容で返信している。


 おかげで、ご家族も学校側を信用してくれているみたいだ。電話で話す時も、かなり口調が柔らかくなっているのを実感している。


「先生。どうか、英治のこと、よろしくお願いいたします」

 お兄さんが厨房から出てきて、ミネストローネを持ってきてくれた。このお兄さんも、弟のことを考えて、若いうちから遊ぼうともせずにまじめに働いているらしい。青野とも少しずつ、昔のように気軽に会話ができるようになってきたおかげで、お母さんやお兄さんにどれだけ恩義を感じているのかひしひしと伝わってきている。


 彼のまなざしは、本当に弟を心配しているとわかった。


「ええ。今回の件について、私たちは全力で彼を守ります」

 実際、学校の雰囲気としても、青野について疑惑の目を向ける生徒が減っているのがよくわかった。一緒に過ごしている一条愛の信頼度が高いこともあるが、本人の人柄によるところも大きい。


 去年の同級生たちやクラスの友達の一部は、やはり青野のことを疑いきれない様子で、いじめやうわさ話からは、ある程度距離を取っている生徒も少なからずいることがわかってきた。


 化学の実験について、単位をどうするか担当の教師と一緒に悩んでいた際に、1年の時に青野と同じクラスメイトだった遠藤から、「それなら、放課後の時間に、一緒にその実験を行いますよ。青野君は大事な友達だから、少しくらい力になりたいんです」なんて申し出があったくらいだ。


 こういう、ピンチの時に、自分から助けようとしてくれる友人を多く持っているというのは、青野の普段の行いの良さだと思った。


「すいません。ご飯のお代わりください」

 体格の大きな男の人が、そう叫んだ。「はーい」とお母さんが出ていく。何気なく横顔を見ると、俺がよく見ているグルメ系の動画配信者さんだった。そうか、さっき写真を見たけど、まだここにいたのか。


 思わず嬉しくなる自分がいた。

 そして、この偶然に感謝する。


 さきほど、お店を探すために、視聴した動画で、彼は気になることを言っていた。

 先週、街で恋愛がらみで一方的に殴られていた男の子がいたと。


 喧嘩なんて珍しくない。だから、可能性はかなり低い。だが、彼は、ご当地密着系の動画配信者。


 万が一の可能性でもいい。この問題を終わらせることができるのなら。青野の不利益を早く終わらせることができるのなら。


 その可能性に賭けてみてもいいはずだ。

 俺は思わず席を立って、配信者さんに近づく。


「あの、すいません。もしかして……」

 俺は真実の扉に手を伸ばした。

 

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