第51話 次のデート&幼馴染の後悔

―映画館前(エイジ視点)―


「おもしろかったですね」

 後輩は興奮気味に話しをしてくる。


「だよな。俺は、毎回あのベトナム戦争のシーンで泣けるんだ」

 有名な賞もたくさん獲得している映画だ。母さんの映画のブルーレイコレクションの中にもあるから、俺も借りて何度も見た。


 本当にいい映画だ。ブルーレイでも楽しめるけど、やっぱり映画館で見ると最高の臨場感で引き込まれた。


「ラストは少し寂しい気持ちになるんですけど、それも一人の人間の人生っぽくて大好きなんですよ。見ていて幸せになれる映画ですよね。一緒に鑑賞できて、最高でした」

 一条さんは満足そうに笑う。そういえば、彼女は、母さんとも映画の話もしていたな。母さんは、休憩室にサブスクを導入するくらいの海外ドラマや映画好きだ。サブスクみたいな便利なものがなかった時代は、レンタルビデオやDVDを毎週上限まで借りて、忙しい合間を縫って鑑賞していたと聞いたことがある。


「さすがに、生まれる前の映画だから、こういう機会でもなければ、劇場で見るのも難しいよね」

 俺も、大スクリーンで映画を見ることができるとは思わなかった。


「コロナ渦の時に、新作映画を公開できない時期があったので、あの映画館ではリバイバル上映をして、しのいでいたみたいですね。お客さんたちからも要望があって、名作の再上映が今でも枠として残っているみたいですよ」


「そうなんだ。じゃあ、また面白そうな映画が再上映されていたら、また来ようぜ」

 俺は何気なく言ってしまったが、すぐに事の重要性に気づいた。

 これでは、学校一の美少女ともう一度デートの約束をしているようなものだ。


 そんな不安をよそに、一条さんは笑う。


「また、デートしてくれるんですね? ふふ、楽しみにしています。まだ、一緒に見たい名作映画たくさんありますよね。先輩の好きな映画も教えてください!!」

 彼女は即答してくれた。次もある。その希望に、心は高鳴っていく。


 ※


―美雪視点―


 どうして、こんなことになってしまったんだろう。

 私はどうして、あんなことをしてしまったんだろう。


 ずっと後悔が心の中を支配していた。


 私は、英治との幸せな関係をこのまま続けていきたかった。

 自分が悪いのはわかっている。でも、先輩と深い仲になってしまった時に、これがバレて英治との交際が終わってしまうのが一番怖かった。


 だから、私と近藤先輩の関係を知られるわけにはいかなかったのに。

 たぶん、先輩が高校を卒業すれば、自然消滅する。英治には悪いけど、期間限定の火遊び。そんな風に考えて、英治への裏切りを自己正当化しようとした。


 若い時期に遊ばないともったいない。

 本命彼氏がいてもいい。

 彼氏とは心が愛し合っていれば大丈夫。


 近藤さんは、私の逃げ道を用意してくれていた。だから、それに甘えた。


 あの日。私の浮気が、英治にばれた日。

 私の心は、押しつぶされた。もう、あの幸せな時間に戻ることはできない。その焦りと、英治を失ったら自分はどうなってしまうのかという後悔。だって、英治とは人生の半分以上を一緒に過ごしてきたから。


 もうダメ。絶望感に支配された心は、利己的な選択肢を取ってしまう。


 エイジに拒絶される恐怖を埋めるために、安易に自分を愛してくれるはずの先輩を求めてしまった。もう、英治と幸せな関係になれないなら、どうなってもいい。破滅願望と露悪願望。それが、この一生消えない後悔を生む。


 そして、私はすべてを失ったんだ。


「戻りたい、戻りたいよ」

 あの日に戻りたい。英治の誕生日をきちんと祝って、二人で幸せに笑っていたかった。

 

 近藤先輩と出会う前に戻りたい。英治を裏切っていない純粋な自分に戻りたい。

 

 やっぱり、私には英治しかいなかったのに。


「先輩と出会わなければ、きっと今でも英治と楽しく笑っていることができたのに」

 そんなことを言う自分が大嫌いだ。

 自己嫌悪しか感じない。


 私は自分で彼を裏切ったのに。

 気分が悪くなって、外の空気を吸うために玄関を出た。


 ポストの中に封筒が入っているのが見えた。

 何気なく、私はそれを開封する。


 入っていたのは写真だった。

 さらに、私を絶望の渦に沈める写真だった。


「なんで、嘘だよね。私だけって言ってたのに。近藤先輩。こんなのってないよ。お願いだから、捨てないでェ」

 封筒の中には、先輩が親し気に、女子生徒の家に入っていく姿が映し出されていた。腕を組んで、楽しそうに。

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