第138話 部長の異変
―立花部長視点―
目が覚める。いや、いつ寝たかもわからない。朝日が昇る時間までは意識があった。たぶん、眠れたのは1時間か2時間くらいだろう。
頭がズキズキ痛い。歩こうとするが、体が重すぎる。吐き気もする。熱はないはずなのに……
「なんで?」
理由は分かっている。あの絶望的な挫折感のせいだ。
何度書いても、自分の作品は青野英治の小説の焼き直しになってしまう。
「どうしてこんなことになるの。私、書けなくなっちゃった」
今までずっと小説を書くことが楽しかった。みんなに評価されるのが誇らしかったのに、今ではどうしようもないほど怖い。
心の奥底で、英治君の小説を認めてしまっている自分がいるのが怖い。彼の作品を傑作だと思ってしまう自分が憎い。あの才能がうらやましい。
そして、思う。他人の傑作は毒だ。
嫉妬心と焦燥感、そして、その作品と自分の作品を比べて、自信が失われていく。
それがよりにもよって、後輩の男の作品。
いやだ、怖すぎる。自分に才能がないことを認めるのが怖い。
「学校に行きたくない」
そして、気づいてしまった。これは、私が望んでいた英治君の末路だ。
才能が腐り、周囲の人たちに裏切られて、すべてが怖くなり、自分の世界だけに閉じこもって人生を無駄に浪費する。
だめだ、このままじゃ私の悪意が、私に跳ね返ってくる。
「がんばって起きなくちゃ」
なんとか、立とうとする。ベッドから起き上がって、少し歩いただけで、身体の重さに負けて、座り込んでしまう。
「やだ」
身体と心が分かれてしまったかのように、涙が出てくる。
英治君に向けた自分の悪意が、ここまで重いものだったことを自覚させられる。なんで、ここまで自分は彼にたいして残酷になることができたんだろうか。
そして、悪意を振りまいた自分のことなど、眼中にないほど、彼はいつの間にか高く高く飛躍していく。それを、見ていることしかできない。彼は、生まれ持っての善良さから、周囲の助けを借りて、どんどん幸せになっていく。逆に、私は……
まだ、大丈夫。近藤君の件は、うまくごまかせたはずだから。
全部を失うわけがない。
お母さんが、ドアを開けた。なかなか起きてこない私を心配して見に来てくれたんだろう。倒れこんでいる私を見て「大丈夫?」と駆け寄る。
「大丈夫だよ、今日は少し調子が悪くて。吐き気がするから、学校休んでもいい?」
そういうと、お母さんはうなずいた。すぐに、おかゆを作ってくれるという。
はうようにして、ベッドに戻る。
このまま、自分は学校に行くことができなくなるんじゃないかと考えて、ゾッとした悪寒が背中に走る。これが体調不良のせいか、それとも絶望のせいか。考えたくもなかった。
「どうして、私がこんな目に……」
自然と涙が枕に落ちていった。
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