第151話 追い詰められていく部長
―文芸部長視点―
結局、学校にも行けなかった。部員たちからは悲鳴にも似たメッセージが届いていた。ほとんどすべての部員が、事情聴取を受けている。この状況を考えれば、私はただ休んだから、後回しにされただけ。いや、違う。もしかしたら、私の不在を狙って、部員たちにゆさぶりをかけようとしているのかもしれない。
部員たちが動揺してしまえば、サッカー部のように空中分解すらあり得る。疑心暗鬼を生じれば、全員が敵に見えるはず。
もうすでに、誰かが裏切っているかもしれない。でも、その対策は練ってある。今回の件は、部員全員に加害者意識を持たせてある。サッカー部は大所帯だったから、いじめに関与してない生徒も多数いた。そこから、水が漏れるかのように崩壊していったはず。
「でも、私たちは違う。見て見ぬふりをしようとした人間も同罪。そう言い聞かせている。サッカー部の大量処分を見れば、誰もが怖気ずくはずよ」
恐怖で押さえつければいい。そうすれば、みんな、私の言うことを聞かなくては生き残れないとわかれば、従うしかない。
「それに、証拠は全部、処分した。近藤君は、馬鹿だから、私に誘導されていたことにも気づかないはず」
情報収集に使っているSNSでも動きがあった。サッカー部のバカな親が、学校に突撃して、その時の録音音声をネットに公開したらしい。本当にバカ。でも、これは神様が、私にくれた最大のチャンス。
さすがに、このニュースが大きくなれば、学校側もそちらの対応に忙殺されるはず。そうなれば、文芸部の調査は遅くなる。その間に、こちらも対処すればいい。時間的に余裕ができれば、精神的にも口裏を合わせやすくなる。
「大丈夫よ、大丈夫。明日は学校に行って、対処すれば間に合う」
自分にそう言い聞かせて、無理やり落ち着かせる。
スマホの小説投稿サイトのアプリに目を移した。私の小説は、誰にも読まれることなく、こちらを見つめていた。
※
―池延エリ視点―
通学路からふらふらになりながら、帰っていると、スーツを着た男の人に呼び止められる。
「池延エリさんですよね。少しお話をうかがっても……」
礼儀正しいのに、どこか殺気を感じる。
警察の人かと一瞬思ったけど、そういう正のオーラを持つ人ではなかった。
「いきなり……人を呼びますよ」
「申し訳ございません。私は、私立探偵をしている青山と申します。実は、近藤君の件でお聞きしたいことが」
その言葉を聞いて、血が逆流するかのように、悪寒を感じる。
走って逃げてしまおうかと思ったが、彼の次に続く言葉は、甘い果実のように魅力的で思わず足が止まってしまう。
「実は、私は警察にも顔が利くので。一つだけ質問に答えてくれれば、近藤君との面会の調整を行うこともできますよ」
そんなわけない。どうして、都合よく……そもそも、そんなことができるなら、あなたが直接彼に聞けばいいのに。
でも、言葉は出なかった。だって、彼に会えるという言葉は、私にとって最後の希望だから。
「約束してくれますか?」
「もちろん」
怪しいけど、答えるだけなら、そこまでリスクがないはず。
「わかりました」
わらにもすがる気持ちで、怪しい男の申し出を受ける。
「では、ひとつだけ。あなたと近藤君は、どういったきっかけで、仲良くなったんでしょうか」
「えっ、それだけ? それだけで……いいんですか?」
「ええ、言ってくだされば、明日にでも近藤君と会えますよ」
私は考えることもなく、言葉が漏れてしまった。
「それは、友達が開いた勉強会で、一緒になって……」
その言葉を聞いて、彼はピクリと身体を震わせる。
「そのお友達のお名前を聞かせていただいても?」
「えっと、今も同じ高校でほとんど交流はなくなってしまったけど、立花さんです。文芸部の……」
黒服の探偵は、満足そうに笑って、名刺を差し出してきた。
その裏には、明日の16時30分に近藤君が捕まっていると思われる警察署前に来るようにメモ書きされていた。
「それでは、明日……」
「あ、ありがとうございます」
去り際に、彼は一度、振り返る。
「最後にもう一つ。じつは、あなたと近藤君の出会いは、仕組まれたものだったのかもしれません」
最初は何を言っているのか、わからなかった。
その言葉が、身体の中に伝わってくると震えが止まらなくなる。
探偵はいつの間にかどこかに消えていた。
※
―黒井視点―
お嬢様に、接触の報告をする。青山というのは、俺がよく使っている偽名だ。
愛お嬢様は、本当に末恐ろしい方だ。直感が鋭すぎる。
やはり、立花が関わっていたのか。ここまで不自然にすべての事案にかかわっている。確定的な証拠はないが、導き出される推論は一つ。
彼女が、すべての黒幕である可能性が高い。そして、お嬢様は……
「あの池延エリすら利用するつもりか。黒幕に近づくために」
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